池袋暴走事故 被告人質問詳報

(3)自転車の母子「乳母車に見えた」「悲惨な事故、重く受け止める」

飯塚被告「(事故直前に)カーブを曲がり切ってから車線変更したと思っていましたが、ドライブレコーダーでは、カーブの途中で車線変更していました」

飯塚被告「2つ目は、前に同じ方向に走行している自転車(がいる)と思いました。しかしドライブレコーダーではバイクでした」

飯塚被告「(3つ目は)最初の交差点で何かに接触した気がしたが、衝突は避けられたと思っていました。でも、ドライブレコーダーでは〇〇さん(被害者の名前)と衝突していました」

飯塚被告「(4つ目は)2番目の交差点で、赤信号の他に、乳母車を押すご婦人が右から左に渡っているのが見えたと思いました。だがドライブレコーダーでは、松永さまの奥さまの自転車が、お嬢さんを乗せて右から左に渡っていました」

《事故後、1カ月ほど入院したという飯塚被告。パーキンソン病の検査を受けたが、パーキンソン病とは診断されなかったと主張した。弁護人は、退院後の生活についても質問する》

飯塚被告「脅迫状が来ましたし、街頭宣伝(車)が私の住所の近くで(周回し)、しばしば非難を受けました。外に出るのが怖くなりました」

《弁護人は、飯塚被告が事故の惨状を知った当日の夜についても質問していく》

弁護人「事故の惨状を知り、どういう気持ちになったか」

飯塚被告「松永さまの奥さまとお嬢さまが亡くなられたと聞き、大変なショックを受けました。お二人のご冥福を祈る気持ちでいっぱいでした。また、最愛の奥さまとかわいいお嬢さまを亡くされたご主人、ご親族の皆さまのご心痛、お悲しみを思って、いたたまれない気がしました」

弁護人「事故から2年以上がたっている。今の気持ちは」

飯塚被告「2年の間に少しずつですが、けがされた方のけがの状態を伺うたび、大変心が苦しく、つらい思いをいたしました。また、松永さまの親子が亡くなられたことについては、ご冥福をお祈りしたい気持ちでいっぱいです。また、この裁判の間は、私は自分の記憶に基づいて正直に話したつもりですが、結果がどうあろうとも、悲惨な事故のことは重く受け止めてまいります」

《松永さんは、下を向いて飯塚被告の謝罪の言葉を聞いていた。ここで弁護人の質問が終了。検察官側の質問に移る》

■(4)「ペダル踏み間違えた記憶、一切ない」強い調子で否定にすすむ