ミャンマー旗で「戦えず」 競泳選手、五輪拒否表明 

東南アジア競技大会に出場するウィン・テット・ウーさん=2019年12月、フィリピン(本人のフェイスブックから、共同)
東南アジア競技大会に出場するウィン・テット・ウーさん=2019年12月、フィリピン(本人のフェイスブックから、共同)

 国軍がクーデターを起こしたミャンマーで、東京五輪を目指してきた競泳選手が出場ボイコットを表明した。「ミャンマーの旗の下で戦う選択肢はない」。国際オリンピック委員会(IOC)に、軍政下のミャンマーの参加を認めないよう訴えている。

 競泳男子自由形短距離のウィン・テット・ウーさん(26)は、会員制交流サイト(SNS)で不参加の意思を明らかにした。6歳から水泳を始め、国内有数のスイマーに。2016年のリオデジャネイロ五輪出場は逃したが、東京で夢をかなえるため、オーストラリアのメルボルンに移住し、特訓してきた。

 19年の東南アジア競技大会で国際水泳連盟の五輪出場標準記録を突破。フェイスブックで「東京五輪ドリーマー」と称し、情報を発信していた。

 クーデターに抗議するデモには多くのアスリートも参加。第2の都市マンダレーで頭部を撃たれ死亡した女子学生チャル・シンさん(19)はテコンドーの選手だった。(共同)