勇者の物語

空白の一日もう一つの「空白」条文改定前に契約 虎番疾風録番外編215

江川の巨人入団を発表する正力オーナー(手前)真ん中は江川、奥は船田中
江川の巨人入団を発表する正力オーナー(手前)真ん中は江川、奥は船田中

■勇者の物語(214)

ドラフト会議前日の昭和53年11月21日午前9時30分、東京・平河町の全共連ビルで巨人は突然、江川卓(当時23歳)との契約を発表した。契約金8000万円、年俸600万円。正力亨オーナーは約200人の報道陣を前に「ただいま、江川君と契約いたしました」から始まる長い『声明文』を読み上げた。

「(中略)野球協約138条によりますと、昨年のドラフトで江川君を指名したクラウンライター・ライオンズ(当時は西武)の江川君にたいする交渉権は11月20日をもって消滅しております。従ってきょう21日、江川君は141条でいう『いずれの球団にも選択されなかった選手』ということで、自由に選手契約ができるものと判断いたします」

正力オーナーのしてやったりの表情。これが世にいう〝空白の一日〟をつかった電撃契約である。当然、そんなことは許されるはずもなく、発表から8時間後の午後5時半、鈴木竜二セ・リーグ会長は「契約却下」と断を下した。

「協約にあるこの一日は、各球団が新人選択の方針を樹立する余裕を与えるもので、この一日を利用して他球団が選手契約を締結できるなどとは謳(うた)っていない。この契約は認められない」

この騒動にはもう一つの〝空白の一日〟が存在した。それは『声明文』の後半部分にあった。

「もう一点、ドラフトにかけなければならない選手は現行の協約によりますと新人選手に限られております。新人選手というのは133条によりますと〝日本の中学、高校、大学に在学し、いまだどこの球団とも契約していない選手〟-として規定されています」

「江川君はすでに卒業生であって在学はしておりません。従ってきょう現在、ドラフトにかけなければならない資格条件はないものと判断いたします。以上の観点に立って協約通り、ただいま契約を発表いたしました」

実はこの協約133条の「…に在学し」のあとに「また在学した経験を持ち」と続く条文に改定されることがこの年の8月に決定。11月22日から発効されることになっていたのだ。

そうなる前に…。巨人はもう一つの「空白の一日」を使って球界の裏をかいたのである。(敬称略)

■勇者の物語(216)

会員限定記事会員サービス詳細