オンライン形式で開催された気候変動に関する首脳会合(気候変動サミット)は、宇宙空間から撮影した地球の映像で幕を開けた。その動画にあわせ、人類で初めて月に降り立ったニール・アームストロング氏の生前の言葉も紹介された。
「かけがえのない地球を守るため、われわれは集まった」。サミットの主催者であるバイデン米大統領は、ネット上に集う首脳たちに対し、こんなメッセージを伝えたかったのだろう。しかし、この崇高な理念とは裏腹に、各国のリーダー、特に米中両国の首脳が、今回の会議を「国益を守る」ためのスタートラインと位置付けていたことは想像に難くない。
産業革命前からの気温上昇を1・5度に抑えるというのが、現在の国際合意である。そのためには、今世紀後半に温室効果ガス排出量を実質ゼロ(脱炭素化)にする必要があるとされている。ただ、それを実現する普遍的な方策や共通のルールは誰も示せていない。
一方、温暖化対策はすでに、地球規模のビジネスの主戦場となりつつある。国際エネルギー機関(IEA)の試算では、再生可能エネルギー普及のための技術開発などで最大8千兆円の財源が必要とされる。
世界最大の経済大国である米国の年間GDP(国内総生産)が2千兆円規模であることを考えると、この温暖化対策ビジネスを制することは、世界経済を制することにつながる。しかも、ルールを最初に決めた国が利益を独占できる可能性が高い。温暖化対策をめぐる米中の主導権争いの本質はここにある。
菅(すが)義偉(よしひで)首相はサミットで「トップレベルの野心的な目標を掲げることで、わが国が世界の脱炭素化のリーダーシップをとっていく」とアピールした。果たしてそれは可能なのか。
日本の自動車産業は、世界の主流となりつつある電気自動車(EV)の開発で大きく後れをとっている。脱炭素化の実現に原発再稼働は不可欠だが、長年の原発軽視の影響から今後、技術の継承が困難になるとの指摘もある。なによりも、脱炭素化の過程で必要な技術革新を達成できなければ、エネルギー価格の上昇で国民に負担増を強いることになるかもしれない。
ともあれ、菅首相が世界に目標を示したことで賽(さい)は投げられた。2030年度まで残り9年あまり。日本社会全体も相当な覚悟が求められそうだ。