勇者の物語

フクさんの助言 江川騒動、まだまだある疑問点 虎番疾風録番外編214

ドラフト前に帰国した江川。左手前は蓮実秘書=羽田空港
ドラフト前に帰国した江川。左手前は蓮実秘書=羽田空港

■勇者の物語(213)

田淵の放出問題も決着し、昭和53年のストーブリーグも「江川騒動」を残すだけとなった。筆者はこの連載で書くか書くまいか悩んだ。53年の江川騒動には「阪急」はほとんど絡んでいない。しかも平成31年1月から始まった夕刊連載『虎番疾風録』で一度、取り上げていたからだ。

「オレは読みたいで」-そう言ってくれたのは〝フクさん〟こと福本豊だった。騒動が起こってから今年で43年、「空白の一日」や「コミッショナー裁定」「小林との電撃トレード」など大まかな出来事は覚えているが、騒動の記憶は風化し始めているという。

「それはボクだけやないと思う。だからもう一度、書いて欲しいんよ。実はこの騒動には分からんことがたくさんある。なんで巨人は球界のルールの裏をかいてまで江川を欲しがったんや? 小林を出してまで獲得したい選手とも思えんのよ。きっとほかに理由があるはず」

フクさんの指摘通り「江川騒動」には他にも疑問点がいくつもあった。

(1)ドラフト前には9球団が「江川を1位で指名する」といっていたのに、なぜ、本番では4球団に減ったのか

(2)いったん「否」と下した裁定を金子コミッショナーはなぜ、「巨人にトレードせよ」と一日で覆したのか

(3)さらにその「指令」をなぜ、「強い要望」に変更したのか

(4)江川はなぜ、阪神との契約を渋ったのか

(5)なぜ、急転、1月31日の〝電撃トレード〟発表になったのか

「書いてみる気になったやろ」とフクさんは笑った。

「江川騒動は巨人と阪神やからトレードで決着がついたと思うんよ。もし、パ・リーグの球団が指名権を取っていたら、コミッショナーも巨人にやれ-とはよう言わんかったやろしね。選手もなんで江川の身代わりでパ・リーグに行かなあかんねん…とゴネたやろ。当時のパ・リーグはそれほど寂しかった。パ・リーグかて人気回復のためには江川は手放せん。結局、江川はもう1年、浪人しとったと思う」

フクさんの助言が筆者の悩みを吹き飛ばした。『江川騒動』のもうひとつの側面-。しばらくお付き合いください。(敬称略)

■勇者の物語(215)

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