朝晴れエッセー

住宅地図・4月22日

勤務先の物置を片付けていたとき、今はない24年前の実家付近の住宅地図を見つけた。

実家のあるページを開くと、まだ田や畑も多い。タンポポの畦道(あぜみち)、駄菓子屋、怖い番犬のいた友達の家。小学校、中学校、駅までの近道。見開きのページに記憶の泣き笑いが展開されてゆく。

実家の隣には、母がひとりで切り盛りしていた女子大学生の寮も載っている。

この時代に母は5人家族の主婦で、12人の地方から出てきた女の子たちを、わが子のように目配りし心配し大切にして、毎春社会へ送り出していた。

そしてまた新入学生を迎え入れ、出身地や家族のこと、体質などを丁寧にメモして覚えていた。私もよく部屋番号や名前を書き換える手伝いをしたものだ。私にとってのきれいなお姉さんたちが、年月がたつとかわいい妹たちになっていった。

母は近くに住む自分の両親も看取り、私の父である自分の夫も看取った。寮生の世話をしながら、父の入院する病院へ通っていた。きっと息つく暇もない忙しさだっただろう。

今は利便性のあるマンションで一人暮らしをしているが、この時代の母が人生で一番輝いて充実していたのかもしれない。母の疲れた顔や元気のない様子は不思議なほど、記憶にないのだ。人知れず涙することもあったに違いないが。

ほこりだらけの住宅地図を閉じながら、名もなき母の名もなき娘として、目の前にある仕事や家事をこなしてゆこうと思った。

加藤ひろみ (58) 大阪府藤井寺市