国家を哲学する 施光恒の一筆両断

「運」よりも「恩」日本の伝統を生かすべきだ

 サンデル氏の議論は理解できる。確かに「運」の自覚により、エリートが傲慢さを改めることはあるだろう だが私は同時に、サンデル氏が日本人だったら、「運」ではなく「恩」という言葉を用いたのではないかと思った。また、「恩」のほうが、エリートの傲慢さをたしなめるにはいい言葉ではないかとも感じた。傲慢なエリートに対して、「あなたの地位は運の巡り合わせによるところが大きいのだから、恵まれない人のことも考えるようにしなさい」と説くよりも、「あなたの地位は社会のさまざまな人々のおかげなのだから、それに感謝し、社会に恩返しするよう努めなさい」と説く方がわかりやすい。もちろん、そう感じるのは、私が日本人で「恩」という考え方になじんできたからであろうが。

 最近、日本でも「上級国民/一般国民」という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)するようになった。米国ほどではないとしても、格差社会化やそれに伴う国民の分断が日本でも静かに進んでいるようだ。「恩」のような良き伝統が備わっていることに目を向け、日本の今後の国づくりに常に生かしていくべきだろう。

 施光恒(せ・てるひさ) 昭和46年、福岡市生まれ、福岡県立修猷館高校、慶應義塾大法学部卒。英シェフィールド大修士課程修了。慶應義塾大大学院博士課程修了。法学博士。現在は九州大大学院比較社会文化研究院教授。専攻は政治哲学、政治理論。著書に『英語化は愚民化』(集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)など。「正論」執筆メンバー。

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