国家を哲学する 施光恒の一筆両断

「運」よりも「恩」日本の伝統を生かすべきだ

 例えば 国民相互の連帯意識や相互扶助の精神が失われ、社会の分断が進んだことだ。グローバル化の進展以降、「勝ち組」と「負け組」がますます顕著になった。「勝ち組」となったエリートは、自分の恵まれた地位や収入は努力や才能の発揮を通じて独力で勝ち取ったものだという意識を強く持つ。彼らはまた、貧しい者は努力せずそうなったのであり、自己責任なのだと考えてしまう。そのため、米国のエリートの間では、労働者や社会的弱者をばかにする風潮までみられるようになった。サンデル氏は、エリートのこうした傲慢さを批判する。

 これに対するサンデル氏の処方箋は次のようなものだ。恵まれた地位や収入は、必ずしも彼らが自力で獲得したものではなく、単に「運が良かったから」という側面も大いにあることをエリートたちはしっかりと自覚すべきだというのである。実際、現在の米国のエリートの大半は、裕福で教育熱心な家庭の出身である。彼らは、たまたま良い家庭に生まれ落ち、ある程度の才能に恵まれ、尊敬できる教師と出会うなど幸運に恵まれた。確かに努力もしただろうが、努力の大切さを学べる環境に育ったこと自体も幸運である。他方、恵まれない者がそうなったのは、やはり「運」に左右されたところが大きい。現在のエリートの多くも、運の巡り合わせが異なり、貧しく、子供にあまり関心を持たない両親の下に生まれていたら、今の地位を手にできなかっただろう。サンデル氏は、エリートたちは、そう考えることにより、謙虚さと同時に恵まれない人々に対する共感の念を取り戻せと言うのである。

会員限定記事会員サービス詳細