小川洋子さんが語った文学の深み「理屈ではさばけない闇」

人間に潜む残酷さ

 講演会は、作家で大阪文学協会の代表理事、葉山郁生さんの司会によって進み、『完璧な病室』『密(ひそ)やかな結晶』『博士の愛した数式』『小箱』など小川さんの作品を掘り下げた。

 純文学では異例のミリオンセラーを誇る小川さんの作品世界は、「記憶」や「喪失」、日常と虚構の「境界」などを題材に非常に重厚で、人間に潜む残酷さや悪意までをも凝視する。

 第二次世界大戦時、潜伏生活を送ったユダヤ系ドイツ人少女の日記『アンネの日記』が、作家を志すきっかけになったという小川さん。記憶狩りによって消滅が進む島を描いた『密やかな結晶』は、アンネ・フランクへのオマージュだ。

 「人間が、理由もなく少しずつ自由を奪われていく過程を書きたいと思い、本来なら誰にも奪われない『記憶』という最も根本的なものが奪われる形にしたのです」と明かした。

もだえ苦しみながら生きている

 会場の参加者から、リアルでありながらどこか幻想的、空想的な作品を構築する極意を問われた小川さんは、「空想的な場面も、現実から根が生えてきているのです」と説明。こんなことあるはずないだろう、というようなことが現実社会ではよく起こる、とした上で、「リアリティーを追求していくと、なにか奇妙だったり、異常だったり、残酷なものが見えてくるのです」。

 そして、「人間はみな、どうにか社会生活がスムーズに進むように、アブノーマルや狂気、愚かさや妄想を抱え、もだえ苦しみながら生きている。私は、そこを小説として読みたいし、書きたいと思います」と語った。

     ◇

 おがわ・ようこ 昭和37年、岡山県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。63年、「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。平成3年『妊娠カレンダー』で芥川賞、16年『博士の愛した数式』で本屋大賞を受賞。小説『ブラフマンの埋葬』『ミーナの行進』『ことり』『琥珀のまたたき』など著書多数。昨年には、英ブッカー国際賞の最終候補になるなど、国際的な評価も高い。

会員限定記事会員サービス詳細