【書評】『いのちとリスクの哲学 病災害の世界をしなやかに生き抜くために』 宇宙視線と生命倫理(1/2ページ) - 産経ニュース

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書評

『いのちとリスクの哲学 病災害の世界をしなやかに生き抜くために』 宇宙視線と生命倫理

 令和3年4月、政府は福島第1原発「処理水」を原則「海洋放出」して処分する基本方針を発表した。これに対し、多方面から反対の声が上がっている。この問題をどのように考えたら良いか、迷う人があれば直ちに本書をお薦めしよう。

 冒頭、長大な「まえがき」で一ノ瀬正樹は断言する。「福島原発事故の放射線飛散量は健康影響をもたらすような量には至らないであろうことが、データ的におよそ分かっていた」「にもかかわらず、リスク概念に本質的に結びついている量的思考をすっ飛ばして、放射線被ばくをするかしないかという『一かゼロか』式の思考に陥る人々が続出し」、その事大主義がかえって多くの人命を奪った、と。

 福島第1原発跡地で溶融炉心の冷却などに用いられた「汚染水」は電気化学的な浄化処理が施され、水そのものが放射活性を帯びた「三重水素」トリチウム水以外はほぼ完全に除染された「処理水」となる。三重水素は自然界に存在する物質だから天然存在比率程度に希釈すれば海洋放出は取り立て環境に影響を及ぼさない。問題は「量的思考」の徹底にあり慎重な排出処理の制御が鍵となる。

 だがこうした大局を見据える冷静な「宇宙視線」でなく、近視眼的な「人生視線」で「一かゼロか」式の短絡、はっきり記せば「思考停止」に陥ることで21世紀の日本人は、より多くの命を奪ってきたのではないか? 3・11で見られたこの社会病理は新型コロナウイルス感染症で繰り返され、ピントの外れた「対策」がかえって事態を悪化させている懸念が拭えない。