聖火リレー つなぐ想い

地元の魅力を世界に伝えたい

「地元の魅力を世界に発信したい」と話す木村優衣さん(竹之内秀介撮影)
「地元の魅力を世界に発信したい」と話す木村優衣さん(竹之内秀介撮影)

埼玉 小江戸・川越の老舗で生まれ育つ 木村優衣さん(32)

 小江戸と称される埼玉県随一の観光地、川越市の「蔵造りの町並み」がある街で生まれ育った。江戸情緒が漂う川越一番街は、東京五輪の聖火リレーコースの一つ。「走りを通して川越の魅力を世界に伝えたい」。そんな思いからランナーを志した。

 築130年近い蔵を活用した実家の宿屋「桝屋(ますや)」は、食料品店などを営みながら7代続いてきた老舗。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産にも登録された国の重要無形民俗文化財、川越まつりでは豪華絢爛(けんらん)な山車を先導する「手古舞(てこまい)」の役を3歳から務め、6歳からは囃子(はやし)を習って山車に乗るなど、地域の文化や伝統にどっぷりとつかりながら成長してきた。

 子供の頃、外国人に道案内をうまくできなかったほろ苦い経験から、大学時代にカナダに1年半留学し、現地のホテルで働きながら生きた英語を学んだ。これまで訪れた国の数は80を超える。

 海外に飛び出したことがある自分だからこそ、発信できる地元の良さがある-。ランナーに内定した後は、蔵造りの町並みを駆け抜けることを思い描いて練習を重ねた。

 ところが昨年7月、中学時代にバスケットボール部の練習で痛めた右足の半月板と靭帯(じんたい)の状態が悪化。患部にわずかでも触れると、悲鳴を上げてしまうほどの痛みだった。

 足に埋めていたボルトが拒否反応を起こしていたことが分かり、摘出手術は成功した。しかし痛みは残り、医師から「聖火リレーは難しいかもしれない」と告げられた。

 だが、諦めるつもりは全くなかった。痛みに耐えながらスクワットなどのリハビリに励み、今では小走りができるまでに回復した。

 「自分の走りを見た人が将来、川越を訪れてくれるかもしれない。元気よく走る姿を目に焼き付けてもらいたい」

 地元に恩返しをしたいという一心で、リハビリと練習の日々を送る。

(竹之内秀介)

木村優衣(きむら・ゆい)】 平成元年、埼玉県川越市出身。立教大卒。コンサルティング会社勤務などを経て、現在は投資家。外国人向けに広報を英訳するボランティアの経験も。好きな言葉は人気漫画「SLAM DUNK(スラムダンク)」の「あきらめたらそこで試合終了」。

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