彦根城保護の職員、熊本城に転身 派遣きっかけ「復旧見届ける」 - 産経ニュース

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彦根城保護の職員、熊本城に転身 派遣きっかけ「復旧見届ける」

彦根城保護の職員、熊本城に転身 派遣きっかけ「復旧見届ける」
彦根城保護の職員、熊本城に転身 派遣きっかけ「復旧見届ける」
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 平成28年4月の熊本地震は14日で前震から5年。節目の年、多数の石垣や建造物が損壊した熊本城では「復興のシンボル」とされる天守閣内部が今月26日から一般公開される。城全体の復旧は20年がかりとなるが、この復旧作業に力を注ぐのが滋賀県彦根市職員として彦根城保護に携わった下高大輔さん(39)。「最先端の復旧を見届けたい」と昨春、熊本市職員に転身した。

 「『なぜ早く修理せんか』と市民に叱咤(しった)激励されてきた。感慨もひとしお。熊本城は市民の城ですから」。天守閣の公開再開を前に、下高さんは晴れ晴れした様子で話した。

 特別史跡の熊本城。築城当時からの重要文化財が数多く残るが、天守閣は明治10年の西南の役で焼失。現在の大天守と小天守は昭和35年、市民の寄付を受け鉄骨鉄筋コンクリート造りで再建された。

 彦根市文化財課の職員だった下高さんは地震発生から半年後の平成28年秋、熊本城を視察した。当時担当する彦根城の災害対策に生かすためだった。大小2つの天守の瓦は落ち、石垣の多くが崩れて足の踏み場もない。想像をはるかに超えた被害に言葉を失った。だがそこで、石材や部材を丁寧に記録し、黙々と作業を進めていた熊本市職員の姿も印象的だった。復旧への道のりは遠いが「誰もが前を向いて仕事していた」と振り返る。

 転機は30年、熊本市の熊本城調査研究センターに復旧支援のため派遣されたことだった。担当は本丸の南側を防衛する要所、飯田丸五階櫓(いいだまるごかいやぐら)。本震後、「奇跡の一本石垣」と注目を集めた柱状の一本の隅石(すみいし)に支えられ、倒壊を免れていた。

 派遣期間は2年間。石垣の解体調査や発掘調査を手がけ、全国の文化財専門家や石工職人とともに、石垣の積みなおしに向けた議論を進めた。だが具体的な復旧工事が始まるのは任期が切れた後。迷った末、「最先端の復旧をこの目で見届けたい」と彦根市を退職し、熊本市職員の採用試験を受け、合格した。

 慣れ親しんだ彦根城への愛着もあった。だが、文化財の価値を守りながら耐震補強など安全性を高めようという熊本城の復旧手法は、今後全国の文化財保護にも影響するもので、「間接的に彦根城の保護にもつながる」と考えた。復旧作業が続く中、被災した石垣の解体調査では築城当時の400年前の石垣が見つかり、石垣内部の構造や強度も分かってきた。下高さんは「復旧を通じ、次の世代に文化財としての価値を伝えたい」と話している。(石川有紀)