島を歩く 日本を見る

共栄の道歩むリゾートアイランド 初島(静岡県熱海市)

【島を歩く 日本を見る】共栄の道歩むリゾートアイランド 初島(静岡県熱海市)
【島を歩く 日本を見る】共栄の道歩むリゾートアイランド 初島(静岡県熱海市)
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 静岡県唯一の有人島である初島(はつしま)は、国内随一のリゾートアイランドとうたわれる。周囲約4キロの小さな島で、島民の集落のほか、会員制リゾートホテルの「エクシブ初島クラブ」や、ラグジュアリーなキャンプ体験ができるグランピング施設の「PICA初島」などがある。

 島には縄文時代の遺跡があり、古くから人が暮らしていたそうだ。現在の集落は、港のある島北端のわずかな土地に密集している。江戸末期以降、生活維持のため島内は41戸と固定化された。

 そのなかで初島区、初島区事業協同組合、初島漁業協同組合の3つの組織があり、政治や経済、観光などを支えている。構成員はほぼ同じで、地権、営業権、漁業権を「共同体」が持つことで一蓮托生(いちれんたくしょう)の結束がある。

 初島で本格的にリゾート開発が始まったのは、富士急行が昭和39年に開業したリゾート施設「初島バケーションランド」(現PICA初島)が発端だ。

 島には以前より各方面から観光開発計画が持ち込まれていたが、どれもが島と相いれず「共同体」が認めなかった。しかし、健全で健康的な観光地とする同社の開発方針に誠意と熱意を感じ、全面的な協力を約束。37年12月に起工式が行われ、「その日姿を見せた初冬の富士山は誠に美しく、初島の前途を祝福していた」と語り継がれている。

 開発工事は、船やヘリでの物資輸送や、岩石の転がる海岸道路の建設、深い井戸の掘削作業など困難を極め、約1年半の歳月を経て開業に至った。

 43年、現在の富士急マリンリゾートが熱海-初島-伊東の定期航路に大型鉄鋼船を就航させる。観光客は年間20万人以上に増大した。農漁業が中心だった島の人たちは、リゾート開発と40年代の離島ブームの波に乗って食堂や民宿といった観光業を始め、暮らしは一気に豊かになった。