《NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」(平成31年1月~令和元年12月)で日本人初のオリンピック選手となった金栗四三(かなくり・しそう)(六代目中村勘九郎)の兄、実次(さねつぐ)を演じた》
実次はすごく弟思いなんですよ。最初は「駆けっこにうつつを抜かすとは」と四三を叱りつけているのに、結局、ストックホルムで開催されるオリンピックに弟を出場させるため金策に奔走して、畑を売ってまでその渡航費を工面するんです。
台本を読んでいるうちに「誰かに似ているなあ。あれっ、うちのおやじだよ」って思いました。もちろん脚本を書かれた宮藤官九郎(くどう・かんくろう)さんは、うちのおやじと一度も会ったことがないんですけれど、本当、実次は父にそっくりなんです。声はでかいし、絶対に嘘はつかないし、息子の僕が言うのも変なのですが、本当にいい人だった。昔かたぎで曲がったことも大嫌いでした。父は車に乗らず、どこに行くにも地下鉄を利用していたんですが、駅でマナーの悪い若者を見かけると「やめなさい」と叱りつけるものだから、若者に囲まれて袋だたきに遭ったこともあるんですよ。
僕は一人っ子で兄弟がいないからわからないので、実次を演じているときは、弟思いだった父を意識していましたね。それに主役の四三を演じていたのが勘九郎さんだから、余計にいろいろな思いが入り交じっていました。熊本から上京する弟を見送るシーンは、脚本上は号泣とまではいかないのに、本当に鼻水をずるずる流して泣きながら見送ってしまいましたよ。
勘九郎さんのお父さん、つまり勘三郎の兄さん(五代目勘九郎でのちの十八代目勘三郎、平成24年死去)には本当の息子のようにかわいがっていただきました。それなので勘九郎さんが子供のころから兄弟のように育ってきた感じで、微力ながら勘三郎の兄さんに恩返しできたらという思いもありましたね。あと勘九郎さんとは、若手の登竜門とされる「新春浅草歌舞伎」で10年近く一緒に汗を流してきた仲間でもあるんですよ。大先輩から厳しいご指導を受け、怒られながら、泣きながら、の毎日でしたからね。