復元案も出た家康次男が築いた城 跡地に注がれる熱視線

復元案も出た家康次男が築いた城 跡地に注がれる熱視線
復元案も出た家康次男が築いた城 跡地に注がれる熱視線
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 かつて戦国大名らが統治の拠点とした「城」は現代ではさまざまな活用がなされ、観光資源や集いの場として第二の人生を送っている。徳川家康の次男が築城したとされる福井城(福井市)では城跡の活用方法として、城の復元や大規模会議に使用するコンベンションホール、美術館といった案が浮上しているが、着地点はどうなるか。

復元に期待の声

 福井城は徳川家康の次男、結城秀康が越前を拝領した後、慶長6(1601)年から6年をかけて建築された。天守は4層5階の高さ30メートルと伝わるが、寛文9(1669)年の大火で焼失したという。

 大正12年に本丸内に県庁が建てられ、今では県警本部、県議会議事堂など官庁舎が立ち並ぶ。県民の憩いの場でもあり、春にはサクラも楽しめるほか、元は二の丸、三の丸と呼ばれた城跡の一部だった中央公園は、野外音楽祭「ワンパークフェスティバル」の会場としても使われる。

 この場所をさらに活用していこうという動きがいま盛り上がりをみせている。

 もともと平成25年、県と市が「県都デザイン戦略」を作成し、「最も重要な歴史資源である『福井城址(じょうし)』を核として憩いと創造の空間を形成」することで「県都の顔をつくる」と盛り込まれた。中央公園の再整備などもこの戦略に基づくもので、次なる一手をどうするか、が議論の的だ。

 14年の設立以来、城の復元を県や市に呼びかけてきたのが市民団体「福井城の復元をすすめる会」。本丸内の櫓(やぐら)や土塀を復元し、情緒ある観光拠点として活用するよう提案している。

県庁移転の提言

 県内の経済団体も活発に意見を表明している。福井経済同友会は昨年1月、本丸内にある県庁を移転させ、跡地に大規模会議を開けるコンベンションホールなどを建設する提言書をまとめた。福井商工会議所は昨年5月、本丸内の県議会議事堂を改装し、美術館、ホール・劇場など文化施設として再利用するよう提言した。