書評

『ウナギが故郷に帰るとき』パトリック・スヴェンソン著、大沢章子訳 家族の歴史に思い馳せる

 蒲(かば)焼きも鰻(うな)丼も大好きだが、私など味以外にあまり興味を持つことがなかった。ところが「34カ国で翻訳の世界的ベストセラー」という惹句(じゃっく)に手をのばしたが最後、一気に読んだ。

 スウェーデンの田舎町で育った著者は、物心ついた頃から「父さん」と川辺でウナギ釣りをした。うまく捕まえるにはどうすればよいか。はえなわ、釣り糸、仕掛けの工夫。牧歌的な光景が相まって幸せな父子の姿に、だんだんとあのウナギの姿形もキュートだと思うようになる不思議。やがて「こんなことをして何になるのだろう」「人が何かに意味を見つけるとき、そこには何らかの歴史的背景があるはず」などと頭を巡らせるとともに、父があえて語らなかった心奥に少しずつ思いをはせていく少年に、シンパシーを感じる自分がいた。

 著者の父は道路舗装工だった。ウナギ釣りを卒業した著者は故郷を離れて大学に通い新聞記者になった。本書は父とのウナギ釣りを回想する章と、「ウナギの一生」とその謎の解明に乗り出した科学者たちの軌跡を明らかにした歴史ノンフィクションの章が、交互に進む構成だ。

 アリストテレスが「ウナギは泥から生まれる」と論じて以来、ウナギは長く謎に包まれていたらしい。雄雌の区別はあるか。胎生か卵生か。自説を立て、その正しさを証明しようと血眼になる人たち。のち20世紀になって、デンマークの海洋生物学者がなんと20年もかけてウナギが大西洋北西部サルガッソー海で卵生すると突き止める。

 ウナギの幼生は、大西洋を何千キロも漂い、ヨーロッパ沿岸にたどり着く。ようやく5センチ余りのシラスウナギになっている。川を遡上(そじょう)し、成長し、ある日安住の地を見つける。そこでの暮らしになじむが、時を経てまた何千キロも泳いで生まれた場所を目指す…。

 驚きの連続だったが、やがてじわじわと心に染み入ってくる。行間から、私たち人の一生もまた、そうしたウナギの旅と同じではないかと気付かされるからだ。著者は父の病をきっかけに故郷に戻る。そして、ファミリーヒストリーを知って父への思いを新たにするくだりに私はぐっときた。(新潮社・2420円)

 評・井上理津子(ノンフィクションライター)

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