【ロンドン=板東和正】世界保健機関(WHO)と中国が共同執筆した新型コロナウイルスの起源に関する報告書の発表を受けて、WHOと中国側の見解の相違が表面化した。中国側は同国の主張にほぼ沿った報告書を称賛したが、WHOは調査が十分にできなかったと不満を表明した。情報開示に消極的な中国の姿勢を背景に、強い調査権限を持たないWHOの改革が喫緊の課題となっている。
WHOが30日に発表した報告書では「武漢起源」説を否定したい中国の意向を尊重する見解が目立った。
人への感染経路をめぐる有力な仮説と位置付けた「『中間宿主』の動物を介した感染」や「野生動物からの直接感染」に関して、報告書は調査範囲を中国だけではなく、他国にも広げるべきだと指摘した。ウイルスを宿した動物が密輸ルートで中国内に入った可能性も視野に調査するためだという。
さらに、報告書は、冷凍食品に付着したウイルスが国外から流入した仮説を排除せず、世界各地の食品業者などを調べる必要性を示した。中国の研究所からウイルスが流出したとの仮説もほぼ否定し、「報告書は中国が思い描くシナリオに限りなく近い内容になった」(英与党・保守党議員)とみられている。
中国外務省は30日の声明で「科学的で専門的な精神を示した」と報告書を絶賛した。
一方、WHOは「武漢起源」説を警戒する中国の姿勢に同調しない方針を示した。WHO国際調査団のベンエンバレク団長は同日の記者会見で、新型コロナの起源をめぐる調査について「引き続き武漢に注目している」と強調した。
それにもかかわらず、報告書で中国側の主張が色濃く出たのは、「WHOが中国側の見解に反論するだけのデータを持ち合わせておらず、押し切られてしまったためだ」(感染症の英専門家)。
WHOのテドロス事務局長はこの日、報告書について「(中国側から)データを十分に提供されず、広範囲にわたる分析が行われたとは思えない」と不満を示した。報告書でほぼ否定された中国の研究所からのウイルス流出説についても「さらなる調査が必要だ」と訴えた。
調査団が新型コロナの起源を探った今回の調査をめぐっては、中国側が初期の感染例について生データ提供を拒否した。WHOの調査は対象国の同意が前提で強制権がないことから、調査団は中国の意向に従わざるをえなかった。
新型コロナ対応を検証する独立委員会はWHOの権限不足を問題視しており、米国などの加盟国は権限を強化する改革が必要との見方を強めている。