日曜に書く

論説委員・川瀬弘至 お勧めしたい「平和学習」

宮里千恵子さん(当時15歳、仮名)は、震洋隊の「小川兵曹」のことを、よく覚えている。

「彼は隊員の中で、一番年下で、無邪気な性格だった。私たちが休息しているといつもグループのなかに入り、『沖縄の歌を教えて下さい』と言っては、歌を必死になって覚えていた。作業はきつかったが、そういう楽しいひとときもあった」

軍隊では日常茶飯事

むろん日本軍に、非道な面がなかったわけではない。とりわけ住民らが眉をひそめたのが、部隊内の私的制裁だ。古参兵が初年兵を、ささいな理由で顔面が変形するほど殴り続けるようなことも、住民にしばしば目撃されている。

吉野トミさん(当時27歳、仮名)も目撃者の一人だ。「通信隊に派遣されたときの出来事が忘れられない」という。

「毎日うす暗い部屋にこもって仕事をしている通信隊にとって、私たちは『女神様』のような存在だったのか、とても親切にしてくれた」と吉野さん。ある日、若い通信兵が上官の外出中に、吉野さんらを通信室に案内してくれた。

民間人は立ち入り厳禁の部屋である。しばらくして通信兵が、「そろそろ班長殿が戻ってくるかもしれない」と気にしはじめたまさにその時、上官が入ってきた。万事休すだ。上官は激怒し、直立不動の姿勢をとる通信兵を殴り始めた。

見かねた吉野さんが「私たちが部屋を間違えて入ったのです。私たちが悪いんです」と懇請しても、上官は殴るのをやめない。とうとう通信兵は失神してしまった。

後日、吉野さんが様子を見に行くと、通信兵は、顔面をお化けのように腫らしていた。そして、頭を下げる吉野さんに、笑って言った。

「こんなことは、軍隊では日常茶飯事です。気にしないでください。今度は要領よくやりますから、また遊びにきてください」

この通信兵も、歌を教えて下さいと頼んだ特攻隊員も、みんな散った。いまの修学旅行生らとあまり年齢の変わらない、若者たちだった。戦争は悲惨だと、心から思う。

そんな平和学習が、あってもいいのではないか。(かわせ ひろゆき)