地球温暖化防止のため、2050年までに二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」が実現に向け動き出した。そのカギとなるのが「電化」だ。電化とは、暮らしや経済活動に必要なエネルギー源を、CO2を排出する石油や石炭、ガスなどの化石燃料から、電力に置き換えること。カーボンニュートラルの実現には、電力部門において発電時にCO2を排出しない電源を増やす「脱炭素化」を進めると同時に、その電力を「電化」の推進によっていかに利用していくかが重要になる。
菅義偉首相は昨年10月、就任後初の所信表明演説で、「2050年カーボンニュートラル」の実現を目指すことを表明した。カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量削減を進めるとともに、削減しきれない分について、森林による吸収のほか、回収して地中に貯留したり、炭素素材などとして再利用したりすることで、排出量を差し引きゼロにするというもの。
菅首相の所信表明を受けて、経済産業省は昨年12月にカーボンニュートラルの実現に向けた「グリーン成長戦略」を発表。この中で電力部門について、太陽光や風力といった再生可能エネルギーを最大限導入することに加え、発電時にCO2を排出しない原子力は安全性の向上を図り、最大限活用することなどで電源の脱炭素化を進めると明記。これを前提に、電力以外の部門では電化が中心になると位置付けた。
電化率の引き上げがカギ
電化は、ガソリンを燃焼させて走る自動車から走行時にCO2を排出しないEV(電気自動車)に乗り換えたり、ガスコンロからIHクッキングヒーター、ガス給湯器からヒートポンプ式の電気給湯機へ切り替えたりすることをイメージすると分かりやすい。
日本の最終エネルギー消費のうち石油や石炭、ガスなどの化石燃料が約67%を占めているのに対し、電力の割合(電化率)は約26%にとどまっている。部門別の電化率は家庭やサービス業などの民生が約52%、産業が約21%、運輸が約2%となっている。
最も電化率が低い運輸では、菅首相が1月に35年までに乗用車の新車販売をすべてEVやHV(ハイブリッド車)などの「電動車」とする方針を打ち出した。欧州などに比べ日本は普及が遅れており、車両の低価格化や充電インフラの整備などが急務だ。民生、産業では、空気中の熱を利用し、少ない電力で熱を作り出すことができるヒートポンプの高温化技術の開発などを進め、熱を必要とする需要を電力で賄っていくことが重要となる。
産業界のイノベーション支援
グリーン成長戦略では、こうした電化の推進により、50年の電力需要は現在よりも30~50%増えると試算し、そのすべてを再生可能エネルギーで賄うことは困難としている。これを踏まえ、参考値であるものの、50年の電源構成は、再生可能エネルギーが約50~60%、原子力発電とCO2の回収を前提とした火力発電を合わせて30~40%程度、水素・アンモニア発電が10%程度と示された。
現在、電力業界では、再生可能エネルギーの導入拡大や安全性が確認された原子力発電所の再稼働、火力発電設備の高効率化などによるCO2排出量削減が進められている。さらに火力発電のCO2回収やアンモニア、水素燃料の併用、蓄電などの技術開発にも取り組むなど、産業界では脱炭素化に挑戦する動きが広がっている。
ただ、直近の日本の温室効果ガス排出量は年間約12.4億トンに上る。これを50年までに実質ゼロとすることは、いうまでもなく達成困難な高い目標であり、あらゆる分野で革新的技術を生み出すイノベーションが不可欠である。政府も政策的な環境整備などで、産業界の脱炭素化への挑戦をしっかりと後押しするなど、官民一体となった取り組みの加速が求められている。
EV、オール電化住宅の普及急げ
カーボンニュートラルの実現には、発電時に二酸化炭素(CO2)を排出しない再生可能エネルギーや原子力発電で生み出された電気をいかに利用していくかが重要で、そのためには、需要サイドの「電化」を進める必要がある。
オール電化住宅やEV(電気自動車)の普及はあまり進んでおらず、今すぐにでも加速させないと、2050年に間に合わない。特に住宅はライフサイクルが長く、新築をすべてオール電化にしても、国内の住宅全体の3割にも到達しないだろう。
自動車も、日本はHV(ハイブリッド車)が主流で、完全な電動化は難しい。安価で維持費も安い軽自動車が多く、これをEVに置き換えるのは簡単ではない。EVを家庭用蓄電池として活用するというシナリオも絵に描いた餅になってしまう。政策的に強力に後押しすることが欠かせない。
産業部門においては、電気では難しい高温の熱需要には水素で対応することになる。ただ、水素の製造には、水を分解するのに結局、電気を使うため、非効率でコストもかかる。できるだけ熱需要にも電気で対応できるような技術開発が必要だ。
電源の脱炭素化では、再生可能エネルギーをどこまで増やせるのか、原子力発電をどれだけ利用できるかがカギとなる。再生可能エネルギーをギリギリまで増やしたとしても、天候や季節によって太陽光や風力だけでは賄えない期間があり、100%にするのは難しい。それを埋めるクリーンな調整電源が必要になるが、CO2回収・貯留を前提とした火力発電や水素発電にはコストがかかる。
安定供給、経済性、環境の「3E」の観点から原子力発電の価値は高い。カーボンニュートラルの実現のため、原子力活用の可能性について議論すべきだ。
1991年、北海道大工学部卒、93年、同大学院工学研究科修士課程修了、2001年、東大大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了。工学博士。三菱総合研究所、住環境計画研究所で勤務。東大生産技術研究所講師、同准教授を経て2015年から特任教授。