名張毒ぶどう酒事件60年、再審請求「新証拠」の評価が焦点か

名張毒ぶどう酒事件60年、再審請求「新証拠」の評価が焦点か
名張毒ぶどう酒事件60年、再審請求「新証拠」の評価が焦点か
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 三重県名張市で昭和36年、地元の懇親会で毒物入りのぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した名張毒ぶどう酒事件は、28日で発生から60年を迎える。実行犯とされた奥西勝元死刑囚は平成27年に89歳で病死するまで無実を訴え、現在は妹の岡美代子さん(91)が裁判を引き継ぐ。裁判所は今後、「新証拠」を評価した上で再審の可否を判断するとみられるが、争点の大部分で審理は尽くされ、事件を知る人の多くはすでに世を去った。再審開始のハードルは高い。(杉侑里香)

「やってないからな」

 岡さんは平成27年夏、八王子医療刑務所(東京都)で、面会した兄が「やってないからな」と話した言葉をよく覚えているという。

 「他者による犯行の可能性が否定できない」として平成17年に名古屋高裁でいったん認められた再審開始決定は、異議や差し戻しなどを経て24年に取り消しが確定。体調を崩した奥西元死刑囚は、この医療刑務所へ移されていた。

 面会から数カ月後に奥西元死刑囚は病死。翌月に第10次再審請求を高裁に申し立てた。岡さんは「おとなしくて優しく、妹の私と口げんかもしたことがない。殺人なんて悪いことをする兄ではないと信じています」と話す。

「潮目が変わった」

 10回目の再審請求は29年12月に棄却されたが、岡さんはこの直後に異議審を申し立てた。昨年3月、高裁の要請で検察側が約15年ぶりに新たな証拠を開示。ぶどう酒の瓶は、蓋とをつなぐように貼られた封(ふう)緘(かん)紙(し)で「封がされていた」と証言した参加者3人の供述調書の存在が明らかになった。

 確定判決は、奥西元死刑囚が犯行を認めた捜査段階の自白に基づき、当日参加者が来る前に瓶の蓋を外して毒物を入れた際に封緘紙が破れたと認定しており、目撃証言とは矛盾する。

 40年にわたり支援する弁護団長の鈴木泉弁護士は「潮目が変わった」と手応えを感じている。

 弁護団は昨年10月、製造段階とは異なるのりの成分が封緘紙から検出されたとする鑑定結果も提出。別の人物が毒物を混入させ、いったん封を元に戻した可能性があるとして、専門家の証人尋問の実現を訴える。

検察「有罪」変わらず

 こうした再審開始を求める一連の動きに対し、検察側の受け止めは冷静だ。ある検察側の元幹部は「裁判で審理は尽くされている。有罪の判断に誤りはない」と強調する。

 刑事訴訟法は、当事者が死亡した後の再審請求(死後再審)は、「配偶者、直系の親族、兄弟姉妹」に限って認めている。奥西元死刑囚の子と孫は生存しているものの、裁判を引き継ぐ意思を持つ親族は、91歳の岡さん以外にはいない。

 自宅の兄の遺影を前に、岡さんは「足腰は弱くなったが元気な限り、再審が認めてもらえるよう訴えていきたい」と話した。

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 名張毒ぶどう酒事件

 昭和36年3月28日に三重県名張市葛尾の公民館で開かれた地元の懇親会で、毒物が混入したぶどう酒を飲んだ女性17人が中毒症状を訴え、うち5人が死亡した事件。出席メンバーだった奥西勝元死刑囚が犯行を自白し、殺人罪などで起訴されたが、公判では一貫して無罪を主張。津地裁は無罪を言い渡したが、名古屋高裁が死刑を言い渡し、最高裁で確定した。平成17年に同高裁が再審開始を決定したがその後取り消された。奥西元死刑囚は9回目の再審請求中だった27年10月、89歳で病死した。

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