東日本大震災から10年―。ポスト3.11というニューノーマルに対応するなかで仙台市が推進する、社会課題をビジネスで解決する社会起業家育成の取り組みが、SDGs(持続可能な開発目標)達成につながるとして注目されている。高い意欲とリーダーシップを持つ社会起業家たちによるパートナーシップの輪は、オンライン上の「ファンコミュニティ」によって全国に広がりつつある。
社会起業家の「思い」を加速
仙台市内で2月、東北で活躍する社会起業家が集う「SENDAI Social Innovation Summit 2021」(センダイ・ソーシャル・イノベーション・サミット)が開かれた。市が主催する地方最大級の起業家支援イベント「SENDAI for Startups! 2021」(センダイ・フォー・スタートアップス)の一環だ。市の社会起業家向け集中支援プログラム「東北ソーシャル・イノベーションアクセラレーター(SIA)」で学んだ社会起業家12人が、それぞれ取り組む課題や解決への思い、事業モデルを発表、ソーシャル・ビジネスの専門家らが事業性などを評価した。イベントは新型コロナウイルス対策で会場参加者を100人に限定し、動画投稿サイト「YouTube」(ユーチューブ)でもライブ配信された。全国から433人が事前にオンライン参加を申し込み、ライブ中の再生回数は900回を超えた。
障害者雇用や地域活性化、子育て支援、減災など、取り組む課題はさまざまだ。すでに事業を始めている起業家も多く、意欲たっぷりに課題解決へのアイデアや具体的な目標を語る姿に、拍手や共感、激励のメッセージが寄せられた。アーカイブ動画はイベント終了後1カ月で2000回以上再生され、サミットをきっかけに全国の企業や団体から各起業家へ、協力や連携の申し出も集まっている。
「ソーシャル・ビジネスを持続可能にするには、何より経営者の課題解決への強い思いが必要です。サミットで宣言することで、新たな協力関係も生まれる。SIAは、『思い』のアクセラレータ―(加速装置)なんです」と語るのは、SIA事業の企画運営を請け負う一般社団法人「インパクト・ファウンデーション・ジャパン」(同市若林区)の竹川隆司代表理事(43)だ。平成29年度にスタートしたSIAでは、志願者のうち毎年12人を選んで半年間、先輩社会起業家や専門家による助言や面談、フィールドワークなど約20回の講座を通じて事業計画やビジョンの練り直しなどを行っている。修了生が後輩起業家の指導にあたることで、社会起業家を連続的に生み出すエコシステム(生態系)構築をめざしている。
震災から学ぶ「パートナーシップ」の力
社会起業家支援事業は市の経済成長戦略の柱の一つ。SIAのほか、イベントやワークショップの定期的な開催、首都圏などの社会起業家とのネットワークづくりなどもサポートしている。取り組む課題や事業の対象地、起業家の居住地を、あえて仙台に限定していない、自治体としては非常に珍しい試みだ。東北6県の課題解決に挑戦する起業家を支援対象としている。
市の予算を投じて社会起業家のチャレンジを助け、東北全体の課題に取り組む。こうした「パートナーシップ」は震災復興のなかで仙台市や東北の人々が学んだ知恵なのだという。遠藤和夫経済局長(60)は「防災では自助共助公助の重要性をよく言うが、震災直後の東北では、仙台市役所も含めて、実際に一人ではできないことがあまりに多く、自然と『みんなで一緒にやろう』『誰かのためにできることをやろう』という考えが広まった」と説明する。
全国から復興支援のために集まった人同士の刺激もあり、市が平成26年に仙台市のほか札幌、福岡、東京都の起業家計1790人に行ったアンケートでは、仙台市の「人のために何かしたい」「社会課題を解決したい」といった利他的な起業動機が東京に次いで高く、23.7%だった。仙台市内の震災前起業家と比較すると7.2ポイント上がっていた。「自分一人の利益ではなく、みんなの幸せを考える人が増えた。利他的マインドの強い社会起業家同士の絆や協力関係が、絶望的な状況を乗り越える力になった」と実感を込める。
これまでに48人がSIAを修了し、それぞれが東北各地で活躍しており、「われわれが考えたこともないような切り口とアイデアで課題解決に取り組んでくれている。熱量の高いプレーヤーにはいろんな人を巻き込む力があり、可能性を感じている」と遠藤局長は期待する。取り組みは海外からも注目されており、コロナ禍で一時中断しているが、ハーバード・ビジネス・スクールからは平成24年以降毎年、数十人の学生が東北各地を訪れており、近年はSIA修了生との意見交換も行っている。
ファンコミュニティで全国へ発信
一緒にやろう―。東北を変えるパートナーシップの輪を、全国へ広げる挑戦も始まっている。ファンコミュニティ構築・運営大手のクオンが運営するファンコミュニティクラウド内の「東北 ココロイキルヒト コミュニティ」(市後援)では、「明日の東北をおもしろく!」を掲げ、全国の東北ファンからアイデアを募っている。ココロイキルヒトとは、心意気(チャレンジ)、心生きる(感動する)といった意味を重ねた造語で、東北の社会起業家を指す。全国のファンと地域の魅力を再発見しながら、社会起業家たちの熱意を伝えている。
コミュニティには約1万5千人が参加する。社会課題解決への関心が高い会員も多く、地域コミュニティーにおける課題を語り合うトピックや社会起業家のトークイベントの報告トピックには熱心なコメントが集まる。仙台市近郊在住や市への移住希望の会員もおり、遠藤局長は「東北を良くしたいという思いのある人が集まっていて、多様な意見や、それぞれの深掘りが期待できる」とし、市民の声を聞き取る場としても成長を期待している。
コミュニティは、SIAを担うインパクト・ファウンデーション・ジャパンが主に運営しており、竹川代表理事が市の総合計画審議会委員を務めたことから、昨年はコロナ禍での新たな試みとして、市基本計画案についてコミュニティ会員約40人を対象にオンライン・グループインタビューを行った。集まった意見を審議会に提出したほか、SIA修了生にも共有して意見を求めるなど、地域の課題解決に役立てようとしている。
郡和子市長も「オンラインコミュニティが果たす役割は非常に重要。コミュニティで多くの仲間を得ることで、市民や企業など多様なステークホルダーと協力しながら課題解決に挑む社会起業家が今後増えていくとうれしい」と語る。
震災を機に東北では、人口減少や少子高齢化が急速に進んだ。総務省が昨年公表した令和元年の人口推計では、東北6県のうち宮城を除く5県が人口減少率全国ワースト10入り。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、令和17年には東北6県の総人口に占める高齢者割合は全国平均より6.1ポイント高い38.9%と推計されている。コロナ禍でさらに課題は顕在化、深刻化しており、対策は急務だ。
「課題先進地である東北でのチャレンジが実を結べば、全国、世界への先行事例として発信できる。SDGs達成にも貢献できるのでは」と、郡市長は期待に胸をふくらませる。「一人一人の熱い思いと行動が課題解決につながるようしっかりと環境を整えることが必要で、誰もが豊かさや成長、自然を実感できる都市にしていきたい」と力強く語った。オンライン上のファンコミュニティによって、東北から広がるパートナーシップの輪は、ニューノーマルに対応する世界のヒントとなるはずだ。
提供:クオン株式会社