新聞に喝!

中国=「敵対国」は適訳か インド太平洋問題研究所理事長・簑原俊洋

19日、米アラスカ州アンカレジでの米中外交トップ会談終了後、メディア対応するブリンケン米国務長官(ロイター=共同)
19日、米アラスカ州アンカレジでの米中外交トップ会談終了後、メディア対応するブリンケン米国務長官(ロイター=共同)

昨今、米国の対中レトリックがヒートアップしている。その一つの節目が、昨年7月のポンペオ国務長官(当時)の演説だ。中国の現状変更政策を認めないとする彼の発言は、日本による現状変更であった満州事変(1931年)後のスティムソン国務長官の対日「不承認政策」(32年)での言説と多分に重なる。当時、スティムソンを含め、米政府内の対日強硬論者は少数派でしかなく、フーバー大統領のように日本を潜在的脅威と見なしつつも、経済制裁には否定的で、引き続き妥結点を模索していくという姿勢が支配的だった。

こうした機運を一変させたのが第2次上海事変(37年)であり、米国は日米通商航海条約の破棄通告(39年)を行って対日ABCD(米英中蘭)包囲網の形成に取り掛かった。逆に日本はナチス・ドイツに接近して日独伊三国同盟(40年)を締結し、それを後ろ盾に南進政策を進めたことによって、日米衝突は一気に現実性を帯びるようになった。

現在、既存の国際秩序に挑戦しているのは中国だ。トランプ政権の厳しい対中レトリックはバイデン政権でも継承されたが、使われている用語はより峻烈(しゅんれつ)となった。従来の「不公平」のレッテルは影を潜め、バーンズ中央情報局(CIA)長官やブリンケン国務長官によって「敵」という言葉が頻繁に用いられるようになったのである。

だが、筆者も日々痛感しているが、言語体系が全く異なる日本語と英語では微妙なニュアンスの違いが時折生じる。この度、日本のメディアが報じた「敵対国」など「敵」を使った訳は適切か。実際に使われた用語はadversaryだ。英和辞典で調べると直訳は確かに「敵」だが、「敵」にはenemyという英単語もある。両英単語の違いは何か。簡潔に言えばadversaryは負かしたい相手であり、enemyは滅ぼすべき相手を指す。

前者は妥結点を探って共存は可能だし歓迎されるが、後者との譲歩は屈服でしかなく、宥和(ゆうわ)政策の負のイメージが付きまとう。むろん、adversaryがenemyに変容する場合もあるが、米中関係はまだその次元に達していない。両国の対立の度合いを正確に理解するためにも、語感にまで気を配って解説を加える報道が肝要となろう。

【プロフィル】簑原俊洋

みのはら・としひろ 昭和46年、米カリフォルニア州出身。カリフォルニア大デイビス校卒。神戸大大学院博士課程修了。博士(政治学)。同大学院法学研究科教授。専門は日米関係、国際政治。