素踊りとは、情景を表す大道具や役柄を表す衣裳などを用いず、純粋に踊りそのものを楽しむ日本舞踊の上演方式のこと。扇子1本、手ぬぐい1本で、森羅万象を表現する見立ての妙を重んじる。簡素なスタイルだからこそ、観客の想像力を喚起する。
冒頭、なじみがない人でも楽しめるように、国内外で活躍し、異文化圏にも日舞を伝える藤間蘭黄(ふじま・らんこう)による解説があった。日舞の歴史に照らしながら、特徴的な身体の使い方を実演。体重の掛け方や首の位置をくるりと変えて、流れのなかで自在に男女を踊り分けると、観客から感嘆のため息がもれた。
振りが歌詞の情景をどのように表現するかについて理解を深めた後で、隅田川のにぎわいを映した「都鳥」が踊られた。ゆりかもめ(都鳥)が羽ばたく様子、屋形船の宴会の様子、吉原での男女のやりとりなど、「さまざまなものになりながら、情景描写をするのが日本舞踊の特徴である」との言葉通り、変幻自在。
続いて、藤陰流(ふじかげりゅう)三世家元である藤陰静枝による「吾妻八景」。富士山を望む日本橋を振り出しに、御殿山の桜、隅田川、吉原、不忍池と四季の風物を織り込み、江戸の名所を巡る。「忍ぶ文字摺(もじず)り 乱るる雁の玉章(たまずさ)に…」では、指先まで美しい細やかな手の動きによって、女が手紙にしたためた乱れる思いまでのぞけそうだった。
最後に、尾上流三代目家元の尾上墨雪(おのえ・ぼくせつ)による「柏の若葉」。五世清元延寿太夫(きよもと・えんじゅだゆう)の家元襲名披露に作られた、おめでたい事柄を祝う御祝儀物(ごしゅうぎもの)の代表作で、清元の定紋「三つ柏」にちなみ、生い茂る柏の若葉によせて繁栄を寿ぐ。春のウグイスから、初夏の若葉、遠く筑波山、隅田川の舟遊びと情景が移り変わるたび、動きひとつで彩り豊かな世界が広がる。軽やかで力強い舞台だった。
13日。東京都千代田区の国立劇場小劇場。(三宅令)
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