書評

『アフリカ人学長、京都修行中』 「いけずな街」正体に迫る

 どんな場所でも「住めば都」というけれど、京都だけは例外かもしれない。表の優雅な顔とは裏腹に、一歩足を踏み入れれば、よそ者には冷たく二枚舌。

 日本の大学で初めてアフリカ人学長となった著者のサコ氏は、そんな「いけず」の街とも知らず、30年前に京都にやってきた。本書は氏の京都暮らし奮闘記であると同時に、専門分野の「空間人類学」を通し、京都人の本当の姿を伝えるノンフィクションである。

 氏の故郷、マリ共和国は一夫多妻制で、ひとつ屋根の下、100人で暮らす大家族も珍しくはない。いつも賑(にぎ)やかで居候が何人いようと、半年、居座ろうと気にしないおおらかな国だ。

 一方、京都人は「よそ者」を警戒し、本音はひた隠す。「ぶぶ漬け(お茶漬け)いかがどすか?」に代表されるように、日本人ですら京都人の物言いは不可解なのだから、氏が混乱するのも無理はない。

 今も京都で暮らしているのに、こんなに赤裸々にぶっちゃけて大丈夫?と心配になるほど、表裏の激しい京都人VSファンキーな留学生の抱腹絶倒のエピソードが盛りだくさんだ。

 しかし本書後半は、よくある「外国人日本滞在記」とは一線を画す。京都人に一度は腹を立てるも、学者目線で「なぜいじわるなのか?」「なぜ本音で語らないのか?」「なぜよそ者に冷たいのか?」といった疑問を、京都人の空間の使い方や行動を通して考察していく。

 その結果、権力者に翻弄された歴史や、時代を生きぬくための民衆の団結や知恵を知る。さらに親子の断絶、地縁社会の崩壊、伝統工芸の危機のほか、家に縛られた「ええとこ」の子の生きづらさや、「京女」の結婚事情まで、現代の京都が抱える苦悩までもあぶり出していく。

 鼻持ちならない京都人も裏で必死にあがいているのだ。「京都に憧れはなく来たのはたまたま」であった氏はいつの間にか京都の奥深くに入り込み、この街を愛するようになる。そして京都人も街の未来を真剣に考える氏に次第に心を開いていく。

 パンドラの箱を開けるほど、「いけず」な街も愛(いと)おしく思えてくる。氏だからこそ書けた、うわべだけではない今の京都の姿を伝えてくれる一冊だ。(ウスビ・サコ著/文芸春秋・1400円+税)

 評・白石あづさ(フリーライター)

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