朝晴れエッセー

東日本大震災と孫・3月14日

東日本大震災から10年。忘れることができないテレビから繰り返し流された津波の映像。あの日、そう地震があった日、1本の電話が鳴り、横浜にいる長女が救急車で大学病院に運ばれたと聞いた。

娘は妊娠7カ月で5月末が予定日。まだ3月なのに地震で何かあったのか? パニックになり混乱。病院の先生から「娘さん、赤ちゃん、2人とも助からないかもしれない」と告げられる。

「すぐ病院に駆け付けないと」。でも、電車は止まり、タクシーは断られ、車のガソリンも入れられない状態に胸が張り裂けそうになる。

娘は緊急の帝王切開が行われ、日付の変わった12日、1800グラムの女の子が誕生。娘は大量の出血があり体半分の血液が出てしまった。先生、看護師さんの懸命の治療で娘も孫も助けていただきました。

主人と私が娘と孫に会ったのは、地震が起きてから10日目だった。孫は小さな体に管がつながれ、保育器の中で体をバタバタさせ懸命に生きようとしていた。

その孫も今では人一倍元気で大きくなり、春から小学5年生。決して忘れてはいけない「助けていただいた命」。

今はコロナ禍の中、一人でも多くの命を助けようと日々頑張っているお医者さん、看護師さん、多くの人に感謝し、相手の気持ちを思いやる優しい娘になってほしい。

私は思う。「大事だよ。君は世界に一人だけ」

井上順代(67) 埼玉県小鹿野町