【漫画漫遊】愛犬と生きた震災10年 ヤマモトヨウコ著「柴ばあと豆柴太」 - 産経ニュース

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漫画漫遊

愛犬と生きた震災10年 ヤマモトヨウコ著「柴ばあと豆柴太」

(C)ヤマモトヨウコ/講談社
(C)ヤマモトヨウコ/講談社

 東北の港町で弁当店を営む「柴ばあ」と、看板犬の「豆柴太(まめしばた)」。この1人と1匹を中心に、港町の住人たちの「震災10年」を描いた群像劇だ。<なしてこんな私が生きてるんだべが?>-。何げない日常生活の中でもふとした拍子に蘇る10年前の記憶。ただし、つらい気持ちになるために読む漫画ではない。これまで精いっぱい生きてきて、これからも生きていく人たちを描いた、節目のいま胸に響く物語である。

 平成23年3月。娘のさなえと孫の虎太郎を津波で亡くした柴ばあは、がれきの中で家族とはぐれた子犬と出合う。小さかった虎太郎のあだなにちなみ、子犬は「豆柴太」と命名。行動がコミカルで憎めず、肉球は柔らかい。豆柴太の存在に、頑固な柴ばあも周囲の人々も癒しを覚えていく。

 登場人物全員がそれぞれの悲しみを抱える。柴ばあの日課は娘の遺骨を探すこと。人間の主人公の目線だったら読み進めるのが正直つらかっただろう。だが、本作の語り手は人好きでちょっとおバカな豆柴太。底抜けの明るさと温かなまなざしに背中を押され、ページをめくることができる。

 元々は犬嫌いの柴ばあが犬を飼い始めた理由。娘が生前撮っていたビデオレター。大人びていた孫が残した最期の瞬間の「頑張り」…。豆柴太のかわいさに油断していると、涙腺が緩んでしまう場面が登場してくるので注意が必要だ。

 10年たてば人は成長するし、老いる。当時小学生だった孫の同級生は高校生に成長。その一方、柴ばあはあんなに大切だった家族との思い出さえ忘れていく。<私(わだす)の人生は悲劇じゃない>-。柴ばあの東北弁混じりのセリフには、心を何度も動かされた。東北の食材を使った「わかめシラスご飯」など、食べ物がどれもおいしそうな点も魅力だ。

 本作を読み、おぼろげになっていた10年前の記憶を鮮やかに思い出した。震災直後の被災地を取材し、目の前の光景を「伝えたい」と強く思ったこと。「生きたい」と願う気持ち…。「3・11」を経験したすべての人が、あの時何らかの思いや決意を抱いたであろう。それを思い出すきっかけになり得る作品である。既刊3巻。   

(文化部 本間英士)