【3・11を想う】元陸将 本松敬史さん 災害派遣、隊員のメンタルケアを(1/3ページ) - 産経ニュース

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3・11を想う

元陸将 本松敬史さん 災害派遣、隊員のメンタルケアを

インタビューに応じる元陸将の本松敬史氏=5日午前、東京都渋谷区(松井英幸撮影)
インタビューに応じる元陸将の本松敬史氏=5日午前、東京都渋谷区(松井英幸撮影)

 陸上自衛隊元陸将の本松敬史氏(58)は東日本大震災当時、被災地に派遣された部隊のメンタルヘルス対策に当たり、惨事ストレスにさいなまれ、自衛隊員としての使命感ゆえに自責の念に駆られる隊員たちへのケアの必要性を痛感した。震災後も豪雨災害や家畜伝染病など、自衛隊の活躍に国民の期待がかかる場面で数多くの部隊を指揮した。

 --震災時の立場は

 「陸上幕僚監部(東京・市ケ谷)で陸上自衛隊の人事制度や隊員の処遇改善、メンタルヘルスを担任する人事計画課長だった。震災当日は午前中に北海道への人事異動の内々示を受けたばかり。宮城・三陸沖地震は、弘前の連隊長当時の防災演習(みちのくアラート2008)などを通じてある程度経験していたことから、強い揺れを感じた瞬間、『ついに来たな』と意外にも冷静に受け止め、覚悟を決めた」

 --当時の陸上幕僚監部の状況は

 「自衛隊や警察・消防、そしてマスコミのヘリコプターなどにより、地震や津波による被災情報を迅速かつ正確に把握でき、阪神淡路大震災のときよりも被害の全容解明は早かった。だが、映像で確認した津波の規模は想定よりも大きく、未曽有の災害だと認識した。地震発生から3時間後には『大規模災害派遣に関する自衛隊行動命令』が発出され、現地に部隊が派遣されることになった」

 --被災地から上がってきた報告は

 「発生から72時間が経過するまでは通常人命救助を優先して行うが、いたる所にご遺体が残された状況。こうした状態にあるご遺体の収容は、派遣された隊員にとってもちろん初めての経験だった。収容に当たり、足がすくむ若い隊員たちに対し、ベテラン隊員が自ら範を示して士気を鼓舞し、複数名でご遺体を丁寧に扱っていく。また、要救助者の捜索と道路の啓開を同時に行う隊員たちは、もはや使命感だけで動いていたと思う」