東日本大震災 私の10年史

「いのちとは」伝えるため 中学教員からフォトライターに

授業の後、昨夏出産した長女の空(そら)ちゃんを佐々木さんに会わせることができた。「母親になって最愛のわが子、家族を失ったつらさがより身に染みて、佐々木さんやご遺族の方々の壮絶な思いを知った気がする」と角さん。佐々木さんもまた、角さんとの出会いで変化があったという。「娘は卓球部でジャージ姿が似合っていた。以前は中学生のジャージ姿を真正面から見られなかったけど、震災から5年目に角さんの縁で初めて中学生たちに話をして、前向きになれた。彼女は身内みたいなもの」。空ちゃんを抱っこする佐々木さんの笑顔がやさしい。

11日も角さんは中学校に赴いた。この日は震災10年の節目であるが、遺族にとって年月は関係ないことも生徒たちに伝える。「大好きだった教員を辞めて選んだ道で学んだことを子供たちに、教育に還元していきたい」

はるかのひまわり 阪神大震災で小学6年の加藤はるかさん=当時(11)=が亡くなった神戸市の自宅跡地に咲いたひまわりは、はるかさんの名前を取って「はるかのひまわり」と呼ばれ、その種は阪神大震災の被災地にとどまらず、全国に届けられて大輪の花を咲かせ、命の大切さを伝え続けている。

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