東日本大震災 私の10年史

「いのちとは」伝えるため 中学教員からフォトライターに

佐々木さんは震災から2年後、津波で流された自宅跡にひまわりの種を植えた。阪神大震災で犠牲となった少女にちなんだ鎮魂と復興のシンボル「はるかのひまわり」で、転勤のたびに一緒に引っ越しする。「まるで家族のように手をかけて育てていて、佐々木さんにとって命そのものといえる大切な花だと感じた」と角さん。道徳の教科書には「ひまわり」のタイトルで、佐々木さんが再び前を向いて歩き始める軌跡が、角さん撮影のひまわりの写真とともに紹介されている。

「自費出版したときも、教科書になったときも、佐々木さんがとても喜んでくれた。形として残る、これで妻も娘も家族が永遠になったって」。フォトライターとして伝えていく覚悟ができた。

中学生に届いた思い

昨年11月、寝屋川市内の中学校で角さんと佐々木さんのコラボ授業が初めて実現した。

12日の道徳の時間。角さんはいつものように生徒に語りかけた。「皆さんは、生きるとはどういうことだと思いますか」

18日、佐々木さんがマイクを握った。14歳で亡くなった和海さんと同じ年頃の生徒たちを前に、いつものように語り始めた。「皆さんの幸せとは何ですか」。角さんがカメラを向け、シャッターを切った。

2人の授業を受けるために、教科書を熱心に学び、「はるかのひまわり」を校庭に植えて育ててきた生徒たちがじっと耳を傾け、涙をぬぐう。

「教員時代、道徳の授業を大切にしてきた」という角さんの胸にこみあげるものがあった。「明日が当たり前に来ると思っている年代の中学生たちが、悲しみを受け入れながら前に進む佐々木さんを通して、いのちについて真剣に考え、自分自身を見つめている」。佐々木さんと一緒だから目にすることのできたこの光景を忘れることはない。

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