鑑賞眼

俳優座劇場プロデュース「罠」 観客も罠にはめられる

俳優座劇場プロデュース公演 No.112「罠」より、左から男(石母田史朗)、警部(原康義)、女(加藤忍)(飯田研紀撮影)
俳優座劇場プロデュース公演 No.112「罠」より、左から男(石母田史朗)、警部(原康義)、女(加藤忍)(飯田研紀撮影)

 フランス東部のリゾート地、シャモニーの山荘。新妻が失踪し、警部(原康義)の捜査でも手掛かりがなく、憔悴(しょうすい)する男(石母田史朗)。そんななか、見知らぬ神父(清水明彦)が妻を名乗る女(加藤忍)を連れて現れて…。

 フランスを代表する劇作家、ロベール・トマが1960年に発表したサスペンス劇。翻訳は小田島恒志、小田島則子、演出は松本祐子。

 男は女が妻ではない全くの他人だと言い張り、逆に女は、男が憔悴のあまり妻の顔を忘れたと主張する。警部と神父は困り顔だ。男の精神疾患がほのめかされ、妻が受け取る予定の巨額の遺産話が浮上したことで、各々の動機は十分、物語は一気にきな臭くなる。

 登場人物全員が信頼できない語り手であり、開幕直後は彼らの上滑りするセリフと何とも素人臭い応酬にぎょっとしたが、それこそ演出と演技の妙。誰がどんな嘘をついているのか、伏線管理が見事で、観客が誰の視点で物語を眺めているのかを計算したミスリードを誘う罠にまんまとはめられた。

 ゆえにネタばらしは厳禁。劇場で配られたパンフレットですら、具体的な内容には全く触れない徹底ぶりだった。ここでも「誰が」「どんな」については言及を避けたい。

 舞台は山荘の一室、登場人物は6人だけ。決して派手ではない設定だが、息もつかせぬテンポの良さで、ジェットコースターに乗っているようなスリルを感じた。二転三転する展開に合わせて、玉ねぎの皮を剥くように幾重もの演技を解いていく登場人物の表情やしぐさの変遷が思い返しても楽しい。

 鬱屈した世の中にあって、ひたすら山荘の一室のサスペンスに集中させてくれる時間のなんと貴重なことか。違和感を積み重ねて答えにたどり着く瞬間の爽快さは何物にも代えがたく、できることなら記憶喪失になって、もう一度初めから見てみたい。

 3月4~7日、東京都港区の俳優座劇場。(三宅令)

 公演評「鑑賞眼」は毎週木曜日正午にアップします。