子供の10年 東日本大震災

避難所で描いたママ 夢の原点

人を楽しませたい

19歳になった今、東京の専門学校に通う。夢はアニメのCGクリエーターだ。

「CGは絵のうまさに左右されることなく、実写のように表現できる。だませる感覚のとりこになりました」

震災から10年たった。久実さんは行方不明のままだ。遺骨もないし、お墓参りにも行かない。

「なんかもう、あの頃の記憶がないんです。地震の揺れも覚えていないし。気が付いたら、館腰小に避難していた感じ」

震災の翌月、館腰小を出て、仙台市内の新しい家に移った。別の小学校に通う新生活が始まった。

「アニメとか映画とか、人を楽しませるものが好きだった」。だから、声優を目指すようになった。

仙台市内の高校では、オリジナル脚本の舞台や踊りをこなし、演劇の世界を本格的に学んだ。卒業後に所属する声優事務所も決まった。だが、迷いが生じた。

「声帯が弱く、使いすぎると声が出なくなる。憧れだけで方向性を決めてしまっていいのか、と」

迷った末、進路を変えた。CGのクリエーターとして、描く側に。そういえば、幼いころからお絵描きは大好きだった。あの避難所でも。

「絵は下手ですけどね」

そう笑う。課題に追われる毎日。いつか、アニメのエンドロールに自分の名前を載せたい。

「震災に遭わなかったら、きっと東京に出てくることもなかった。未来が変わったような気がしています」

ママのことはいまも話さない。聞かれてもあまり答えない。でも、忘れたことはない。

大好きな香りがある。ママが家に置いていた芳香剤。そのにおいをかぐと、ママを思い出す。

クリスマスには大きな袋に入れたプレゼントをくれた。おもちゃのトラックで遊んでくれた。

いつか、自分も子供にそうしてやりたいと考えている。(大森貴弘)

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