朝晴れエッセー

息子の「福島10年」・3月9日

福島県に住むようになって10年を迎える次男の結婚式の見通しが立たない。

一昨年の夏に親兄弟同士の顔合わせを済ませ、初秋には入籍は済ませた。「いよいよ挙式だ」というとき、新型コロナウイルスの感染拡大により、昨年の春の予定から延期になったままなのだ。

そのうえ、昨年の夏には勤務している福島市内の大学付属病院から会津地方の総合病院に転勤を命ぜられ、夫婦で転居することになった。外科医である息子は新任地でも忙しそうだ。

親としては楽しみにしていた挙式が延期になったままで実に残念だが、こればかりはやむを得ない。今は「コロナ禍が早く収束するように」「忙しくて体調を崩さないように」と祈ってやることしかできない。

しかし、顧みれば、次男が福島県内の医科大学入学試験に合格して喜んだ3日後に東日本大震災が発生した。

原発事故への懸念、入学式は1カ月以上延期、下宿先をいくら探しても空きが見つからない、入学後は、夏季休みなどを削っての講義漬けの日々…など、親子ともども気をもむことが多かった。よくよく人生の節目で何かある息子だなと思う一方で、それでも、災い転じて福となすような日々の積み重ねだったなとも感じている。

縁もゆかりもなかった福島県にお世話になって10年。6年間の大学生活、県内3カ所目の病院勤務、そして福島県出身の大学後輩の女性を伴侶に迎えた。

「息子は震災復興やコロナ禍対策のお役に立てているのだろうか」と、あらためて10年の歳月を妻とふたりで振り返っている。

吉田正 62 埼玉県久喜市