【東日本大震災10年】液状化被害の浦安市「街を一つに」 千葉・浦安観光コンベンション協会会長 桑田幸一さん(75)(1/2ページ) - 産経ニュース

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東日本大震災10年

液状化被害の浦安市「街を一つに」 千葉・浦安観光コンベンション協会会長 桑田幸一さん(75)

震災から7カ月後に行われた「うらやす復興祭」の開催に尽力した浦安観光コンベンション協会会長の桑田幸一さん(長橋和之撮影)
震災から7カ月後に行われた「うらやす復興祭」の開催に尽力した浦安観光コンベンション協会会長の桑田幸一さん(長橋和之撮影)

車に乗ったディズニーのキャラクターがパレードを行い、沿道の人々に手を振る。東日本大震災から7カ月後、浦安市で行われた「うらやす復興祭」。徐行する車の荷台の上でいつものようなパフォーマンスができたのは、道路がきれいに舗装されていたからで、液状化現象による被害の修復を印象付けた。そして、復興祭にはもう一つ、大きな意義があった。開催に尽力した浦安観光コンベンション協会の桑田幸一会長(75)は、「街が沈んで大変なときだからこそ、みんなが一つになって喜べるイベントをしたかった」と振り返る。

浦安市では震災による液状化で道路がひび割れ、砂が噴出した。マンホールは地面から1メートル以上飛び出し、多くの家が傾いた。被害は市域の86%に及び、約3万7千世帯の約9万6千人が被災。地中に埋まっていた上下水道やガスの管も影響を受け、多くの住民が自宅の風呂やトイレを使用できなくなった。

桑田さんの車も噴出した砂でタイヤが地面に埋まって動かなくなった。自宅も傾き、目の前の道路や近隣の家にも深刻な被害が出た。上下水道も使えなくなり、家の前の仮設トイレを使う生活を2週間近く強いられた。「えらいことになった。浦安始まって以来の災害だ」と感じた。

浦安市は埋め立てによって発展してきた。桑田さんが生まれた昭和21年には約1万5千人だった市の人口は約17万人に拡大。街は漁師町だった「元町」、埋め立てによって新たに作られた「中町」と「新町」の3つのエリアに分けられる。中町と新町には液状化で大きな被害が出た一方、もともと陸地だった元町に被害はほとんどなかった。

受けた被害の大きさにより、市民の間で震災に対する意識の差が生じてしまった。だからこそ桑田さんは、「街を一つにしたい」と市内の企業を数十社回り、復興祭への支援金集めを行った。そして平成23年10月、「元気になりました 浦安」をテーマに、新浦安地区をメイン会場に3日間行われた復興祭には多くの市民が集まった。