「トモダチ作戦」友情の証しが記念碑に 支援の海兵隊員がエール - 産経ニュース

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「トモダチ作戦」友情の証しが記念碑に 支援の海兵隊員がエール

【東日本大震災10年】米軍の支援活動「トモダチ作戦」による友情の証として建立された記念碑の除幕式が行われ、スピーチする米海兵隊員=7日午後、宮城県気仙沼市の大島(佐藤徳昭撮影)
【東日本大震災10年】米軍の支援活動「トモダチ作戦」による友情の証として建立された記念碑の除幕式が行われ、スピーチする米海兵隊員=7日午後、宮城県気仙沼市の大島(佐藤徳昭撮影)

 米軍が東日本大震災時に展開した人道支援活動「トモダチ作戦」を語り継ごうと、宮城県気仙沼市の大島で7日、島民の有志が企画した記念碑の除幕式が行われた。除幕式には震災当時、大島の支援活動に当たった米海兵隊員も出席。震災後も交流を続けてきた両者の友情の証しが、被災地に刻まれた。

 「被災から立ち上がろうとする島民の姿に感銘を受けた。この絆は絶えることなく続いていくだろう」。除幕式で米海兵隊第3海浜遠征旅団のケイリブ・イームス少佐(43)が、大島でのトモダチ作戦を指揮した当時の司令官の挨拶を代読すると、来場者から大きな拍手がわき上がった。

 離島である大島は震災当時、港が壊滅的な被害を受けて一時的に孤立。救援物資を届けるため、島では延べ約600人の海兵隊員が震災から約1カ月にわたり任務に当たり、イームス少佐も、除幕式を主催した有志の一人、菊田玲子さん(55)の自宅跡地の片付けを行うなどしていた。

 菊田さん一家は全員助かったものの、島の玄関口「浦の浜」にあった自宅が津波で流された。「米海兵隊の皆さんが任務前に整列し、浦の浜で黙祷(もくとう)をささげてくれたのを覚えている。被災地に寄り添ってもらった」と菊田さん。当時8歳だった長男、航(わたる)さん(18)も「最初は何をするのかわからなかったが、次第に助けに来てくれたと感じた」と振り返る。

 作戦をきっかけに、イームス少佐は気仙沼市のマラソン大会に出場し、菊田さんの自宅で食事をするなど、菊田さん一家と家族ぐるみで交流を深めてきた。

 記念碑には、日本語と英語で「絆を永遠に…萬謝(ばんしゃ)をこめて」と刻まれた。「記念碑は島民から与えられた勇気の象徴だ」と語るイームス少佐。「頑張って、大島、気仙沼、東北」と日本語でエールを送った。