日曜に書く

論説委員・井伊重之 国頼みを批判した渋沢栄一

NHK大河ドラマの主人公が渋沢栄一に代わった。明治から大正にかけて多くの民間企業や団体などの創設に関わった実業家だ。「資本主義の父」と呼ばれる渋沢は、「論語と算盤(そろばん)」で道徳心のない営利活動を戒め、経済と道徳を一致させる重要性を説いた。これは現代のESG(環境・社会・企業統治)投資にも通じる経営理念である。

「ESG」に通じる理念

明治6(1873)年に日本最初の銀行として設立された第一国立銀行は、その名前とは裏腹に民営銀行だった。経営トップに就いたのが渋沢である。行章は星形を2つ重ねたデザインで、朝夕に星を眺めながら出退勤する勤勉さを象徴した。

同行は第一勧業銀行を経てみずほ銀行につながる。そのみずほが先週のATMトラブルで行員への出勤指示が遅れ、多くの顧客に迷惑をかけて頭取が陳謝したのは皮肉だ。

渋沢が創業に関わった企業は500近い。その中でも鉄道は数が多く、現在のJR東日本や東急電鉄、鹿児島本線を運営していたJR九州など70社を超えるとされる。西欧に比べて遅れていた日本の鉄道インフラを民間で整備する狙いがあった。

3年後には福沢諭吉に代わる新一万円札の顔となる渋沢だが、官尊民卑が色濃い中で政府主導の経済運営とも対峙(たいじ)した。明治39(1906)年、鉄道国有法が公布され、不況で経営が悪化した私鉄を政府が買い取ることになった。経済界にも買い取りを求める声があり、そうした風潮を強く批判した。

彼の雅号を冠した「青淵先生訓言集」の中で、「政府万能主義で、何事も政府に依頼せむと欲するは、国民一般の元気なき表徴であって、ふがいなき至りと云わねばならぬ」と警鐘を鳴らしている。コロナ禍で政府に大型経済対策を求める動きを彼はどう見るだろう。

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