鑑賞眼

東京バレエ団「ジゼル」 群舞も主役 層の厚さ示す 

【鑑賞眼】東京バレエ団「ジゼル」 群舞も主役 層の厚さ示す 
【鑑賞眼】東京バレエ団「ジゼル」 群舞も主役 層の厚さ示す 
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村娘ジゼルと恋人アルブレヒトの悲恋を演じきった、主演ペア(沖香菜子、柄本弾)も素晴らしかったが、今舞台ではコール・ド・バレエ(群舞)のダンサーたちも主役だった。1幕では村人として、恋人の裏切りを知り、狂乱していくジゼルの一挙手一投足に悲嘆する世間の役割を果たす。2幕では乙女の精霊ウィリとして、フワフワとした群舞で観客を異界へと誘う。これだけそろった群舞でもトーシューズの靴音が一切せず、夜の森の静謐に引き込まれた。見事だった。

東京バレエ団6年ぶりの「ジゼル」。ロマン主義時代のバレエの代表作で、今年はパリ・オペラ座初演から180年の節目となる。東京バレエ団の斎藤友佳理芸術監督は現役時代、ロシアなど国内外でジゼルを踊り、高く評価されただけに、思い入れも強いはず。今回、ジゼルに沖と秋山瑛(あきら)が初役で挑み、アルブレヒトを柄本と秋元康臣が演じた。

初日(2月26日)の沖、柄本ペアで見たが、沖は野に咲くエーデルワイスのように可憐(かれん)。1幕は、アルブレヒトが伯爵の身分を隠し、婚約者までいた事実をジゼルが知り、狂乱のうちに絶命する-とマイム(演技)の要素が大きい。沖は前半、恋人との逢瀬を恥じらう伏し目がちな表情が儚げで、この純粋さが後段の悲劇を一層、浮き彫りにする。恋人の裏切りを知り、狂うというより悲嘆のあまり心身が悲鳴を上げ、死に至ったように見えた。

2幕で精霊になると、沖の持ち味である透明感がより生きる。ジゼルは、アルブレヒトを呪い殺そうとする仲間ウィリたちから、恋人を守り抜く。生身の人間であるアルブレヒトとは視線を交わせず、やはり伏し目がちなのだが、揺るがぬ思いを憂愁の表情で表現。柄本のパートナリングも巧みで、重力を感じさせないジゼルの動きを支えた。

アルブレヒトはさまざまな解釈がある役だが、柄本は一貫して貴族の気品がにじむ造形。1幕はジゼルの狂乱にどよめく村人とは対照的に、感情を抑制して恋人を見つめ、絶命した恋人をかき抱く。だが2幕の打ちひしがれた様子と、精霊になったジゼルを包み込むような丁寧な動きに、決して火遊びではなく、ジゼルへの思いに偽りはなかったことがジワジワと伝わってくる。