朝晴れエッセー

白線・3月4日

ある晩、用事を終え階下に下りると、妻がコタツでうたた寝をしていた。

布団で寝るように諭すつもりで伸ばした手が、思わず止まった。

彼女の髪にすっと伸びる、幾筋かの白線が目に飛び込んできたからだ。

でも、なぜだろう。私は彼女のそれを愛(いと)おしいと思った。

実は私にも、最近短い白線が走り始めた。それを彼女の前で愚痴ると、「当たり前よ」と一笑に付されたのだが、なんのことはない、彼女だってそうなのだ。美容院に通うのを少し怠ったくらいで露見するものなのだ。

きっとこれは、私と彼女の「年輪」。懸命に、ひたむきに、多忙な毎日を駆け抜けてきた証。

子宝に恵まれ、騒がしくも幸せな日々を得た代償に、私たちが静かに、そして確実に失ったもの。

きっとこれからも、多くのものを得て、いくらかのものを失うに違いない。

でも、それでいいじゃないか。

いや、それがいいんじゃないか。

この人が傍(そば)にいてくれるのなら、失うことすら喜びだろう。

今この瞬間がそうであるように。

ひとしきり感慨にふけると、私はコタツのスイッチを切り、そっとその場を離れた。

いくら年輪とやらを重ねても、寝起きの彼女は怖いのである。

藤岡寛人 36 松山市