朝晴れエッセー

形見のお雛(ひな)様・3月3日

わが家の雛人形は、男雛、女雛一対のシンプルな木目込み人形。その立ち姿は凜(りん)として、お顔は愛らしい。

母が女学校時代の友人に習い、手作りした人形だ。これを残して、母は初孫の初節句を祝うことなくひっそりと旅立った。

厳しい人だった。勉強も習い事も妥協を許さず、幼い私たち姉弟に手をあげた。今なら虐待を疑われたかもしれない。

しかし、自分にも厳しく、朝早くから働きづめの母の姿を私たちは見て育った。自分の病も我慢に我慢を重ね、処置を遅らせてしまった。痛いと叫べばよかったのに…。お産以外は入院したことがない自信がアダとなったのか。

毎年、欠かさず飾ってきた。阪神大震災の被災直後でさえ、避難先に持ち出した。

震度7の激震で一瞬にして崩れ去ったわが街。春の兆しが見え始めたとき、私は傾きかけた自宅に走り、腰をかがめながら、押し入れから箱を引っ張り出してきた。よかった、壊れていない。お雛様はほほ笑んでいた。

箱を開けるとき、40年近く経た今でも母の思い出がふわりと立ち昇る。簡素な再利用品の箱、ふたに「ひな人形」とマジックで書かれた文字。薄れていた記憶がヒュンと巻き戻る。お雛様を並べ、金屏風(びょうぶ)を立て、ぼんぼりを横に置く。気がつくと話しかけている。

最期の時をともにできなかった。でも、思わぬ母娘の時間をお雛様の前で過ごしている。少しでも長くしたくて、旧暦3月までお雛様を飾る。

しかし、困ったことに娘がなかなか結婚しない。お雛様をサッと片付けないからかなあ?

小山るみ 68 神戸市東灘区