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渋沢栄一 見直すべき「士魂商才」の精神 岩田温氏

【iRONNA発】渋沢栄一 見直すべき「士魂商才」の精神 岩田温氏
【iRONNA発】渋沢栄一 見直すべき「士魂商才」の精神 岩田温氏
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 NHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」の主人公や新一万円札の肖像起用などで、明治期の実業家、渋沢栄一の功績が再評価されている。武士の心と商人の才覚を兼備した渋沢の精神は風化しつつあり、今こそ見直すべきではないだろうか。

 現代においては、思想家の思想の一部分だけが切り取られて理解されがちである。例えば、アダム・スミスと聞けば、主著は「国富論」であり、その思想内容は「神の見えざる手」によって、市場経済の万能性を説いたかのように思い込んでいる人も多いのではないだろうか。

 それぞれが我欲を追求しても、結果的には神が調和をもたらしてくれる。したがって、公益の追求ではなく、我欲を求めていればよいと説いた人物だと勘違いしている人も多いのではないか。

 確かにアダム・スミスは「国富論」の著者であり、市場経済の重要性を説いた思想家である。しかし、同時に「道徳感情論」の著者であり、人間における道徳を深く考究した。

 市場経済の擁護者といえば、「もうければ勝ち」といった俗悪な拝金主義者であったかのように思われがちだが、アダム・スミスは人間における道徳の重要性を説いた思想家でもあった。

官から民への批判も

 市場経済の擁護者が道徳の研究者でもあったという事実は極めて興味深いが、わが国でも商業と道徳との両立を説いた資本家が存在した。渋沢栄一である。彼は名著「論語と算盤(そろばん)」において、何度も「論語」すなわち「道徳」と、「算盤」すなわち「商業」を両立させる重要性を説いている。

 例えば、渋沢は「士魂商才」との言葉を用いる。「和魂漢才」「和魂洋才」といった言葉は、日本人として大和魂を維持しながら外国の優れた思想、技術を取り入れて活用する重要性を説いたものだ。これをまねて渋沢は「士魂商才」としたのだ。渋沢は次のように説く。

 《人間の世の中に立つには、武士的精神の必要であることは無論であるが、しかし、武士的精神のみに偏して商才というものがなければ、経済の上から自滅を招くようになる。ゆえに士魂にして商才がなければならぬ》(「論語と算盤」から)

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