いきもの語り

殺処分寸前だった被災犬 セラピードッグに 

 終戦直後に日本橋に生まれた大木さんは、幼少期に吃音(きつおん)障害があり、いじめにもあったという。「唯一の友達が愛犬のメリーでした。そして米軍放送のラジオから流れてくるブルース。子供ながらに口ずさんでいたら、なぜかつっかえずに歌うことができた。私は、犬とブルースに救われたんです」

 しかし、12歳のときに父親が事業に失敗し、一家離散。家族や愛犬との別れを余儀なくされた。「自分を救ってくれた犬を手放してしまったことに、ずっと後悔がある。それが今の活動の原点になっています」

 高校卒業後にプロの歌手になり、結核で闘病後、ブルースの本場で挑戦するため昭和51年に渡米。東洋人として初の全米ツアーを成功させ、子供時代に聴いたマディ・ウォーターズら数々の大物アーティストと共演するなど成功を収める。

 米国でセラピードッグの存在を知った。大木さんは52年から活動を開始し、訓練所や協会を設立。これまでに救助した捨て犬や被災犬は260匹以上、セラピードッグの総数は90匹以上に上る。新型コロナウイルスの感染拡大前は、年間で約1万2000人の高齢者らに活動を行ってきた。

 「施設にいる高齢者は家族と離れ、孤独感も大きいと思う。言葉は話せないがセラピードッグが愛情と信頼を持って寄り添うと、気持ちが通じ、絆ができる。皆さん、犬に対して同じ言葉をおっしゃるんです。『ありがとう』と」

 その言葉を聞くたびに大きな喜びを感じると、大木さんは満面の笑みで語った。(本江希望)

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