復興日本 東日本大震災10年

第2部 教訓(5)風化と闘う作家たち

東日本大震災。圧倒的な現実は言葉を失わせた。しかし、その非日常の世界に激しくかき立てられるように、必死に言葉を紡ごうとする人々もいた。

「ミュージシャンたちが(募金などの)実際的な活動をしているのを横目に見ながら、作家の動きが鈍いことに苛(いら)ついていた」

音楽、テレビ、舞台など幅広い分野で活躍する作家・クリエーター、いとうせいこうさん(59)は当時をこう振り返る。

15年の沈黙破る

昭和63年に作家デビューしたいとうさんは「自分の文章が俗っぽく感じられて」15年ほど執筆から遠ざかっていた。その沈黙を破る契機となったのが震災であり、「想像ラジオ」(平成25年刊、河出書房新社)という小説に結実する。

津波で木の上に引っかかった男が、電波ではなく想像力でつながるラジオ放送を始め、このDJ(ディスクジョッキー)の軽妙なトークを通じて死者と生者が思いを交わす-。そんなユーモアのある筋立ては、被災者からツイッターで聞きたい音楽を募り、想像上で発信する、震災直後から始めた「文字DJ」が影響しているという。

「文学をどう書くか悩んでいる場合ではなかった。現実に対して負けそうになる、自分の想像力はこんなものかという悔しさも作品を書く原動力だったかもしれない」と振り返る。

死者を冒涜(ぼうとく)しているのでは、との思いもあった。しかし、作中の死者の声に身内の姿を重ね合わせた被災者から感謝の言葉を投げかけられて安堵(あんど)した。

「想像ラジオ」で作家としての言葉を取り戻したいとうさんは今、メッセージの受け皿として活動している。その第1弾が福島の人々のリアルな思いを聞いてまとめた「福島モノローグ」(刊行予定)。「すごく重要なのは、震災も10年たつと、震災を知らない子供たちがたくさん育っているということ」といとうさん。「大人にいろいろ言われて被災者の当事者意識はあるが、実際には経験していないので非当事者でもある。彼らには語りたいことがたくさんあるはずです」

答えなき問い 繰り返す

世界を震撼(しんかん)させた東京電力福島第1原発事故も今なお深い爪痕を残す。

制御不能の施設内に残る作業員と現場を指揮した吉田昌郎(まさお)所長との壮絶な闘いを描いた映画「Fukushima50(フクシマフィフティ)」(昨年3月公開)は重いテーマを投げかけた。

公開前の本紙インタビューに、若松節朗(せつろう)監督(71)は「社会性のある題材を映画化するとき、どうすれば解決するかを言うのが難しいのでみな躊躇(ちゅうちょ)する。でも映画を通して、実際にあった話を世の中に伝えていくのが映画人の責任ではないか」と、監督を引き受けた際の胸中を明かした。

そして、作品を通して最悪の事態を回避できなければ、放射能汚染で日本が壊滅してしまうかもしれないという状況下に置かれた作業員たちの人間ドラマを描きたかったという。

日本人が持っている精神美学も伝えたかった。自己犠牲と現場に残ったエンジニアたちの使命感や誇り、家族への思いや故郷への愛着…。「最初は自然に負けたけれど、彼らの熱き思いで最終的には自然を凌駕(りょうが)したというふうに映画が見えればいいかなと思う」

エンディングで、福島県富岡町の帰還困難区域に咲く満開の桜並木が映し出される。若松さんにとって一番思い入れのある場面だ。

「せっかく美しい桜が咲いているのに、それを見る人はいない。廃炉作業はまだこの先、数十年は続く。ラストで『何も解決していない』というメッセージを発している」

震災は文学や映画、芸術の源泉となり、その本来の力を覚醒させた感もある。実際、いとうさんの「想像ラジオ」は野間文芸新人賞を受賞し、芥川賞候補にもなった。平成29年には、東北の豊かな自然描写を交え、震災の日を境に決定的に失われたものをあぶり出す沼田真佑(しんすけ)さん(42)の「影裏(えいり)」(文芸春秋)が芥川賞を受けている。

忘却から逃れる道

「多彩なジャンルで作家たちがあの出来事と向き合い、表現してきた。ただ、最近は震災や原発事故という出来事そのものを描くよりも、震災が物語のなかの背景や設定の一つとして使われるものが増えた印象がある」。作品群をこう総括するのは、文芸評論家の川村湊さん(69)だ。

震災や原発事故を今の現実問題として受け止めて取り組むという積極的な考えを薄める動きにつながってしまうのではないか-。こんな点も懸念している。

時代のスピードが速く、人々の「忘却」も加速させる傾向が強まる。芸術作品はどうあるべきか。

「分かりやすいオチを付けるのではなく、解決できない問題を投げかける作品がもっとあっていい。人々の心に消化しきれない何かが残り、何度も考え直させる。そういう役割も芸術には求められているはずだ」

仏作家、アルベール・カミュが「ペスト」を書いたことで、遠い中世ヨーロッパの疫病の記憶が人々のなかに残った。そして、今回の新型コロナウイルス禍でも改めてひもとかれた。

「彼はそれにしてもこの記録が決定的な勝利の記録ではありえないことを知っていた」

カミュは疫病の収束に立ち会った主人公の医師にこう回想させる。そして、ペストは滅びず、再び都市を襲うと予言して筆をおく。

自然もまた、再び牙をむく。答えのない問いを繰り返すこと。それが忘却から逃れる道となる。=第2部おわり

この連載は玉崎栄次、本江希望、市岡豊大、桑原雄尚、牛島要平、大渡美咲、花房壮、海老沢類、篠原那美、水沼啓子が担当しました。