復興日本

東日本大震災10年 第2部 教訓(4)外国人も地域の一員

【復興日本】東日本大震災10年 第2部 教訓(4)外国人も地域の一員
【復興日本】東日本大震災10年 第2部 教訓(4)外国人も地域の一員
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「日本政府の原子力発電所事故対応は信頼できるのか」

東日本大震災発生後。仙台国際交流協会(当時)の電話は鳴りっぱなしだった。外国人住民の安否を確認する問い合わせが国内外から寄せられた。職員は氏名や国籍を聞き取ったが、情報はなく返事は容易ではなかった。発生翌朝には、協会の職員が日本語と英語、中国語、韓国語の4人一組で避難所を回った。

「情報を求める方、海外で報道を見た方、さまざまな問い合わせがあった」

当時、職員として働いていた仙台多文化共生センター長の菊池哲佳(あきよし)さん(46)は振り返る。

仙台市は震災当日に災害多言語支援センターを設置した。避難所での過ごし方が分からないという外国人からの相談があった一方、外国人とどう接していいか分からないという避難所を運営する日本人からの相談もあった。

「日本語の理解に濃淡があったり、ルールがわからない人もいたり、外国人といってもさまざまだった」

当時の経験を生かし、仙台市では震災後、外国人住民の防災訓練参加や外国人の防災リーダーの育成に取り組んでいる。

「外国人住民をお客さん扱いせず、普段から地域の防災に積極的に参加してもらう環境づくりが大切」と菊池さんは話す。

東日本大震災の被災地で災害救助法が適用された市町村(東京都を除く)の外国人登録者数は、震災直後の平成23年3月末現在で約11万人。仙台市が26年3月に発行した「外国人に関する震災記録集」には、その被災体験がつづられている。