話の肖像画

歌舞伎俳優・中村鴈治郎(62)(16)幸せ感じた「親子3人芝居」

《役柄の幅広さは今や、鴈治郎さんが目標にしていた祖父の二代目鴈治郎さんをもしのぐほどだ。令和元年、東京の国立劇場で上演された「神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」では、べりべりとした悪の手ごわさのある渡し守頓兵衛(とんべえ)を勤めた》

こういうお役は、父はもちろんですが、祖父も演じていません。私がもっと若いときに初めて演じた「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」の元・老侠客(きょうかく)、三婦(さぶ)もうちの家では手掛けていなかったようなお役です。

女形(おんながた)の敵役(かたきやく)では、祖父の当たり役だった「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の八汐(やしお)など、とてもやりがいがありました。

こういういろいろなお役をやらせていただいたのを父は見ていて、「伊賀越道中双六」を上演する際、私を平作で使うと言ってくれたんじゃないでしょうか。

まだまだやらせていただきたいお役はたくさんあります。小悪党ながら家族思いの「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)・すし屋」の権太は、いずれぜひやらせていただきたいお役ですね。昔、演じたことのある「宿無団七時雨傘(やどなしだんしちしぐれのからかさ)」(元武士で魚屋になった団七をめぐる愛憎劇を描いた上方の世話物)も最近上演されていないでしょ。初代鴈治郎の当たり役を集めた玩辞楼(がんじろう)十二曲の作品は、これからさらに大事にしていきたい。そのなかでは、弟(中村扇雀)がやっていますが、「藤十郎の恋」も頭にあることはあります。もっと上方の匂いのする役者になっていきたいですね。(聞き手 亀岡典子)

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