書評

『おれたちの歌をうたえ』呉勝浩著 後悔抱える人に力与える

 思い出したくもない、過去の失敗や悔いがある。そんな人の心に強く響くのが、呉勝浩の新刊だ。昭和・平成・令和を結ぶ、大河ミステリーである。

 元警視庁の刑事で、今はデリヘルの運転手をしている河辺久則に、幼なじみの五味佐登志が死んだという連絡がはいる。電話をかけてきたのは、長野県松本市で五味の面倒を見ていた、若いチンピラの茂田斗夢だ。東京から駆けつけた久則は、荒れた暮らしをしていた五味が、殺されたことを見抜く。しかも、残されていた永井荷風の文庫本『浮沈・来訪者』に、詩のような暗号が書かれているではないか。暗号を解けば金塊の隠し場所が分かるという茂田とともに行動する久則だが、彼の思惑は別にあった。

 という発端から始まる令和元年のストーリーに、過去の物語が挟まる。昭和51年、ある一件から「栄光の五人組」と呼ばれていた久則たち。しかし、彼らのよく知る竹内千百合という女性が殺され、大きな悲劇とともに、5人の緊密な関係は失われる。そして平成11年、千百合殺しの件で脅迫事件が起こり、バラバラになった5人の人生が露(あら)わになるのだった。

 過去と現在の、ふたつの殺人の謎。どちらの真相も意外であり、ミステリーの面白さが堪能できた。一方、詩の暗号は、東西の文豪と関係しており、こちらも興味深い。しだいに明らかになる事実にインパクトがあり、夢中になってページをめくることができるのだ。また、久則と茂田が、互いに刺々(とげとげ)しい態度を取りながら行動を共にする様子から、バディ(相棒)物の魅力が伝わってくる。

 このように読みどころの多い作品だが、なかでも特に注目したいのが、栄光の五人組の人生だ。久則たちの歩みは、昭和から令和に至る現代史を、それぞれに体現したものといっていい。そして、令和元年の久則が真相に迫るほど、過去は苦いものになっていくのだ。

 すでに起きてしまった出来事は変えられない。だが、生きていくならば、どんなに苦い過去でも、受け入れるしかないのだ。未来は、その先にある。本書の内容は重く厳しいが、過去の後悔を抱えている人に、前を向く力を与えてくれることだろう。(文芸春秋・2000円+税)

 評・細谷正充(文芸評論家)