話の肖像画

歌舞伎俳優・中村鴈治郎(62)(14)近松座から学んだ歌舞伎

紫綬褒章受章が決まった際の記者会見。「上方歌舞伎の本質を発信していきたい」と語った =令和元年5月、大阪市中央区 (柿平博文撮影)
紫綬褒章受章が決まった際の記者会見。「上方歌舞伎の本質を発信していきたい」と語った =令和元年5月、大阪市中央区 (柿平博文撮影)

(13)へ戻る

《江戸歌舞伎と上方歌舞伎。同じ歌舞伎でも、東京と関西の歴史や土壌、町の気風の違いの上に、それぞれ特徴のある芸がはぐくまれた》

たとえば、二枚目の色男でも、江戸歌舞伎と上方歌舞伎で随分描かれ方が違います。

単純にいうと、江戸の二枚目は誰が見てもかっこいい。「助六(すけろく)」の主人公の助六なんて女性にもてまくって、花道を出てきたときからかっこいいんです。ヒーロー然としている。

ところが、上方の二枚目は、色男であっても、どこか三枚目の要素があって人間くさいんですね。「封印切(ふういんきり)」の忠兵衛は、悪友の八右衛門(はちえもん)にあおられるまま、ついカーッとなって、切れば死罪になるという公金の封印を切ってしまう。

また、「河庄(かわしょう)」の治兵衛(じへえ)は、妻子があるのに、遊女の小春(こはる)と恋仲になって心中の約束をする。ところが、小春が自分を裏切ったと思い込んで、ののしったり足蹴にしたりする。男の弱さを少し滑稽に見せるのです。決して男らしい完全無欠のヒーローではない。人間の弱さや欠点も持ち合わせている。でも、愛嬌(あいきょう)があって憎めない。女性が放っておけない男なんですね。

しかも上方のお芝居自体、リアルで写実的でありながら、歌舞伎独特の様式的な美や迫力もある。「封印切」で忠兵衛が封印を切る場面の切羽詰まった姿の美しさなどそうでしょう。型があるようでない。気持ちで作っていくお芝居なんです。演じれば演じるほど、そういう上方のお芝居に引かれていきました。