話の肖像画

歌舞伎俳優・中村鴈治郎(62)(12) 鴈治郎になるための10年

自分自身でいうと、翫雀時代はとにかくいろんなお役をやらせていただきました。そのとき思ったのは、自分で自分に合う役なんて決められへん、ということです。この役は合わないと思っていても、やってみると意外に評判がいいこともある。何でもありなんだなと思いました。そういう気持ちが鴈治郎襲名にもつながっていったのです。

《翫雀時代、印象深い公演として、鴈治郎さんは、平成16年から20年まで年に1度、大阪松竹座で行われていた「浪花花形歌舞伎」をあげた。上方歌舞伎の花形が結集して主役、大役に挑んだ公演で、メンバーは鴈治郎さんのほか、弟の中村扇雀(せんじゃく)さん、片岡進之介さん、片岡孝太郎(たかたろう)さん、片岡愛之助さん、中村亀鶴(きかく)さんらだった》

あの公演で初めて、うちの家の芸である玩辞楼(がんじろう)十二曲の内(うち)、『河庄』の治兵衛を演じました。上方の若い人たちでいろんなお役に挑戦できた。このメンバーで、関西の歌舞伎の幕が開けられる、そんな希望がわいてきたのを覚えています。(聞き手 亀岡典子)

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