「これが勘三郎、勘九郎親子の最後の『連獅子』になるかもしれないから、絶対見ておいたほうがいいわよ」-。そう言われて、母の友人から頂いた歌舞伎座のチケット。
生の歌舞伎の舞台など初めてで、女子大生にはぜいたくな観劇だった。しかも中央前列の1等席! 期待に胸が高鳴る。パステルイエローのワンピースに、母から借りた真珠のネックレスと良家の子女風のおめかしを決め込んで出かけた。
昭和61年6月、東京・歌舞伎座。中村勘三郎、勘九郎親子の連獅子を見る目は、キラキラ輝いていたはずだ。演目最後に繰り広げられる「毛振り」。長い獅子頭をつけ、何十回もその毛を激しく振り続ける。親獅子を演じているのが、御年77歳とは思えない気迫とその熱量。仔獅子も、その迫力に負けじと息を合わせる。「すごい!」と息をのんだ。
十七代目勘三郎はこの2年後に死去しているので、結局、この公演が親子最後の連獅子の舞台となった。五代目勘九郎(後の十八代目勘三郎、平成24年死去)にとっても、この舞台は「強烈な思い出」と振り返るほどだ。
「勘九郎とはずがたり」(中村勘九郎著、集英社、平成3年発行)を読んであとで知ったのだが、この最後の連獅子の舞台稽古のとき、勘三郎はヨロヨロしてじいさんみたいで情けなかったそうだ。それが本番の幕が開くと、息子の勘九郎をして「これこそ、役者だ」とうならせるような変身ぶり。著書の一節を紹介する。
「そして、初日。あれだけヨロヨロしていた親父、いや、すごかった。なにがっていったって、まず顔が違う。目はランランと輝いているし、エネルギーが体じゅうから湧き出てる。親獅子ですよ。もう私なんか吹き飛ばされてしまうほど、すごい迫力」
あれから35年。現在、東京・歌舞伎座で上演中の「二月大歌舞伎」第3部では、十七代目勘三郎(明治42~昭和63年)の三十三回忌追善狂言として「連獅子」が上演されている。