勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(166)

小林攻略 配球分析、シンカーに手を出すな

第1戦、打ち込まれる小林(右)。マウンドに駆け付けた王(左)も心配そう=西宮球場
第1戦、打ち込まれる小林(右)。マウンドに駆け付けた王(左)も心配そう=西宮球場

■勇者の物語(165)

昭和52年10月22日、日本シリーズが開幕した。正午の気温24度、秋晴れの西宮球場には約2万8000人の観衆が詰めかけた。

第1戦、阪急の先発はエース山田。巨人もこの年、18勝を挙げた小林。シンカーを武器とする両投手の対決となった。

◇第1戦 10月22日 西宮球場

巨人 010 000 001=2

阪急 120 030 10×=7

【勝】山田1勝 【敗】小林1敗

【本】王①(山田)張本①(山田)

試合は小林を攻略した阪急が圧勝。一回、いきなり福本が右翼へ二塁打を放つと大熊の送りバント、加藤秀の中犠飛であっさり先制。王の本塁打で同点となった二回には、2死二塁で大橋の中前タイムリー。さらに山田が左翼越えに二塁打を放ってリードを広げた。

小林は2回でマウンドを降りた。4安打1三振1四球3失点。ヒットはいずれも追い込んでから速球を打たれた。

「コンディションが悪かったわけじゃない。決め球に困ってしまったんだ」と小林は唇をかんだ。

阪急の〝小林攻略〟は夏に始まっていた。中日のマーチンが小林をカモにしていると聞くや、上田利治監督は昨年まで同僚だった島谷と稲葉を名古屋に派遣して攻略法を聞かせた。さらにスコアラーたちが徹底的に投球パターンを分析した。

<打者は普通の投手のタイミングで始動するのではなく、すこし遅らせてテークバックに入る>

V9巨人が山田を攻略したのと同じやり方である。

<カーブはシンカーを投げるための見せ球>

<ヒザから下にくるタマは要注意>

<速球のスピードはなく、絶妙のコントロールがあるわけでもない>

こうして導き出された結論が【シンカーを捨てる】ことだった。足立や山田のシンカーを打つことにこだわっていた巨人とは正反対の結論である。

「小林のシンカーにさえ手を出さなければ、シリーズを制することができると思った」と上田は後年、こう回想した。

小林は乱数表を使用した。シンカーを打ってこない。教えてもらったデータと違う…。「決め球に困ってしまった」-は今シリーズの巨人を象徴する言葉となった。(敬称略)

■勇者の物語(167)