話の肖像画

歌舞伎俳優・中村鴈治郎(62)(9)祖父に見た役者の業

それなのに、ほめてくれるどころか、機嫌が悪い。そのとき、ああ、役者ってすごいなあと思いました。役者の業(ごう)というのを見た思いがしました。

《そのとき、お祝いをしてくれたのが先輩の坂東三津五郎(みつごろう)さん(当時、八十助(やそすけ))だった》

京都の町も知らないし、歌舞伎俳優が行くお店も知らなかった。舞台にほとんど出ていなかったので、役者仲間の友人もいなかったんです。先斗町(ぽんとちょう)の方にぶらぶら歩いていったら、三津五郎さんにばったり出会って、誘ってくださった。「無事に終わったな」と、サントリーのウイスキーのボトルを1本入れてくださいました。うれしかったですね。

《南座には座頭(ざがしら)格の俳優が使う広い楽屋が4つある。祖父の二代目鴈治郎さんがそのうちの1つをひとりで使っていたため、代役の鴈治郎さんもその楽屋を引き継いで使うことになった》

ひとり、ぽつーんと置かれたんです、その広い楽屋にね。「ここで何したらええねん」って思っていました。ただ、そのとき初めて、「鴈治郎」という名前を意識したんです。こういう広い楽屋に入る役者なんだと。(聞き手 亀岡典子)

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