勇気の系譜

逸見政孝さん 前例なきがん公表 闘う覚悟

【勇気の系譜】逸見政孝さん 前例なきがん公表 闘う覚悟
【勇気の系譜】逸見政孝さん 前例なきがん公表 闘う覚悟
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 平成5年9月6日、東京都内。記者会見場で無数のフラッシュを浴びながら、国民的人気を誇る司会者は前だけを見据えていた。「私がいま侵されている病気の名前、病名は『がん』です」。フリーアナウンサーの逸見政孝。多くの視聴者が見つめる生中継で切り出した。

 がんは今より治療法が少なく、死を示唆する病として、タブー視された時代。その言葉の意味することの大きさに世間は衝撃を受けた。もちろん著名人が自らがんを公表するなど前代未聞だった。

 逸見の長男でタレントの太郎(48)は当時の父をこう述懐する。

 会見の前夜、1人で自室にこもり、話す内容や構成を熟考していました。当日は自分自身を実況するかのように、病状や気持ちを淡々と分かりやすく語っていて、精神力の強さに驚きました

 死の恐怖の中で自らを奮い立たせ、会見へと向かわせたものは何だったのか。

国民的アナウンサー

 アナウンサーは逸見の長年の夢だった。早稲田大時代からの友人で、フジテレビでも同期アナウンサーだった松倉悦郎(75)は、その実直な素顔を知っている。

 大阪出身の彼は関西弁を直すため、アクセント辞典を常に持ち歩いていた。間違えた部分は毎日、下宿の黒板に書きだして丸暗記。真面目できちょうめんな、努力の人だった

 眼鏡に七三(しちさん)分け。ニュースキャスターらしい真面目を絵に描いたような容姿と、抜群のユーモアセンスとのギャップが魅力的だった。バラエティー番組でも活躍し、子供からお年寄りまで知る、まさに国民的アナウンサーだった。

 だが、人気絶頂だった5年1月、病魔が襲う。定期健診で胃にがんが見つかったのだ。

 すでに厳しい病状だったとされるが、当時本人への告知は一般的ではなく、主治医は治る可能性の高い「早期発見」だと説明していた。逸見は、十二指腸潰瘍と偽って仕事を1カ月休養。胃の4分の3を摘出する手術を受け、再びスタジオに帰ってきた。

 病名を偽った心境を松倉はこう、おもんぱかる。

 仕事人間だったからね。周囲に迷惑をかけたくなかったんだろう

 数カ月後、がんが再発。その際も逸見は夏休みを利用して内密に手術を受け、退院後は複数のレギュラー番組をこなした。

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